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姉と弟  作者: 深江 碧
十三章 それぞれの約束
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それぞれの約束10

「あなたの意志があれば、それは何事にも優先されます。あたしが優先すべきはオリガ様の命令で、あの男の命令ではありませんから」

「わ、わたしの意志、ですか?」

「そうです。いくらあなたがあの男の世話になっていると言っても、関係ありません。あたしはあなたの伯母様の命令でここに来たのですから、あなたが行きたいと望めば、あなたをすぐにでも伯母様の元に連れて行く準備を致します」

 姉は迷う。目の前の女性の言葉に迷っていた気持ちを揺り動かされる。

「でも、わたしはアレクセイ兄さまに恩があります。伯母様の元に行きたいのは山々ですが」

 言いかけ、姉はベッドの上でうつむく。

 姉としては、次男に恩を受けた以上、恩を仇で返すべきではない。

 次男に出来る限りの恩返しをするべきだと考える。

 白蛇は姉のそんな迷いを察したのか、さらに言葉に力を込める。

「あんな男に義理立てする必要はありませんわ。あの男はオリガ様を利用しようと企んでいるのですから、こうしてオリガ様をここに留めておきたいだけです。今から半月後にあの男の父親、あなたにとっては叔父に当たる男の誕生パーティーがあります。兄弟親戚を始めとして、あの男もパーティーに参加するはずです。あの男はオリガ様を利用したいだけです。オリガ様はあの男に騙されているんです」

 そうなのだろうか? 次男は姉を利用したいだけなのだろうか。

 それは何度も考えた可能性だったが、今の姉にそれほど利用価値が無いことは姉自身がわかっている。

「でも、わたしにそんな価値はありません。利用されるほどの価値は無いのです」

 この屋敷の使用人はおおむね次男に好意的で、次男の悪口など口にしない。

 この屋敷でお世話になっている間に、徐々に次男への警戒心は和らいでいる。

 最初は頑なだった態度が、軟化しているのは自覚している。

 しかし白蛇はそうではない。

 そのまったく違った意見に、姉は新鮮味を覚える。

 白蛇ともっと話をしてみたくて、ついつい色々と話してしまう。

「白蛇さん。白蛇さんの率直な意見を聞かせて下さいませんか。白蛇さんから見て、アレクセイ兄さまはどんな男性に見えますか?」

「どんな男性、とは?」

 逆に尋ねられ、姉は首を傾げる。

「そ、それは、例えば、真面目な人とか、誠実な人とか、謙虚な人とか」

「あの男に限って、それはありませんね」

 白蛇のきっぱりした物言いに、姉の方が呆気に取られる。

「あの男は女性にだらしなくて、優柔不断で、真面目さなど欠片も無く、女性に対する誠実さも感じられません。あの男に泣かされ女性は数知れず。謙虚さも反省の色も微塵も感じられません」

「そ、そうなのですか」

 そこまで言われては、次男が少々可哀想に思えてくる。

「で、でも、兄さまにも良いところは沢山あるのですよ」

「甘いです、オリガ様。あなたにそう思わせることが、あの男の戦略なのです」

 そうなのだろうか?

 そう白蛇にはっきり言われると、姉に反論する余地は無い。

(この人なら、冷静な意見をくれるかもしれない)

 姉は溜息一つ。自分の胸の内を素直に打ち明ける。

「実は先日、アレクセイ兄さまに婚約の申し出を頂きました。わたしにはもったいないほどのお申し出で、お返事はまだしていないのですけど、将来のことを考えるとすぐにお返事することが出来ません。今も伯母様の元へ行くべきか、彼の元に残るべきか結論が出ないのです」

 白蛇は姉の言葉を聞いて、途端に渋い顔をする。

「あの男、しばらく来ないうちにオリガ様にちょっかいを出すなんて許せないわ。姐様と相談して、あの男に対してしかるべき対処法を考えないといけないわ」

 その物騒な言葉に、姉は慌てて言いつくろう。

「そ、そんな、別に変なことをされた訳ではありません。兄さまはわたしに婚約者になって欲しいと言っただけです。特別変なことをされた訳では」

 姉は顔を赤くして訴える。

 実際はセクハラまがいなことや、キスなどもされているが、それを口にしたら白蛇は今にも次男の元に怒鳴り込みに行きそうな雰囲気だった。

 それに今回の事件のことを知ったら、力づくでも伯母の元へ連れて行かれてしまう。

「あ、アレクセイ兄さまには感謝しています。何不自由ない暮らしをさせて頂いていますし、目の見えないわたしにこんなに良くして下さる方なんて滅多にいらっしゃいませんから」

 白蛇はまだ疑わしげな表情を崩さない。

「本当ですか?」

「ほ、本当です。アレクセイ兄さまには感謝の言葉もありません」

「蔑ろにされてませんか?」

「な、蔑ろなどとんでもないです。兄さまはいつもわたしのことを気遣って下さっています」

「騙されていませんか?」

 白蛇のその問いかけには、姉もすぐには返事が出来ない。

 姉の微妙な表情を見た白蛇は、すぐに語気を強める。

「ほら、やっぱり。オリガ様はあの男に騙されているんです」

「そ、そんなことは、無いと思いますが」

 姉はしどろもどろに答えながらも自分の言葉に自信が持てない。

 まだそれほど次男のことをよく知らないのだ。

 白蛇はそんな姉を見て肩をすくめる。

「白犬があなたのことを心配する訳ですね。オリガ様は人が良すぎます。こんなことでは悪い男に騙され、捨てられるのが関の山ですよ」

 そう言われては、自覚のある姉としては言い返すことが出来ない。

 そこである名前に引っ掛かりを覚える。

「白犬とは、誰のことですか?」

 姉はとっさに聞き返す。

 白蛇は多少語気を弱める。

「あぁ、あなたの義弟のデニスのことです。彼があなたのことを心配していましたよ? そしてあなたに自分が無事であることを伝えて欲しいと言っていました。そしてこれは白犬からの預かり物です」

 そう言って、白蛇は懐から小箱を取り出す。それを姉に手渡す。

「デニスが」

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