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姉と弟  作者: 深江 碧
十三章 それぞれの約束
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それぞれの約束8

 夜遅くまで執務室には明るい光が灯り、次男は机に向かって難しい顔で書類にペンを走らせていた。傍らには中年の部下が控えている。

 部下からの報告書に目を通したところで、次男は長い息を吐き出す。

「相変わらず、兄貴と義弟のグレゴリーは好き勝手やってるな」

「はい、オリガ様のお父上が財閥総帥であった頃の腹心たちを潰しにかかっているようです」

「いくら自分たちに従わないからって、地位も才能もある者を簡単に潰すなんて、財閥のこの先が思いやられるな」

 次男は両手を上げて、椅子に座ったまま思い切り背中を伸ばす。

 中年の部下は次男の目を通した書類の束を回収する。それらはすべて中年の部下やその部下たちが集めた情報がまとめられている。

 財閥内での出来事や、長男や四男、叔父や親族たちの行動が事細かに調べ上げられ、まとめられている。

「ところで昼間のメイドの件ですが、紹介状を持たせての追放など、オリガ様にしたことに対してあまりに罰が軽いのではありませんか」

 次の書類に目を落としていた次男は、部下の指摘を受けて眉をひそめる。

「言うなよ、イーゴリ。俺だってわかってるさ」

 次男は中年の部下を見ずに答える。

「そうですか。それならいいのですが」

 中年の部下の態度はいつもと変わらない。それきり黙ったまま立ち尽くしている。

 次男は中年の部下から無言の圧迫を感じる。

 耐えられず次男は口を開く。

「わかっているが、他に処罰の方法が思い付かなかったんだ」

 次男は勘弁してくれとばかりに肩をすくめる。

 中年の部下は表情を険しくする。

「前々から思っておりましたが、若は、こと女性に関しては甘過ぎるところがあるのではないですか? 今回のメイドに関して、紹介状を持たせた上での追放だけでは、あまりに罰が軽いのではないかと私は思います。お咎めなしの追放では、あのメイドは紹介先でまた同じようなことを繰り返すでしょう。そうなれば、紹介した我々も責任を問われます」

 淡々と話す中年の部下に、次男は金色の髪を指でかき上げる。

「それは大丈夫なんじゃないのか? 紹介した先は老夫婦の屋敷だ。使用人も若い者はほとんどいない。彼女がまたあのような行動を起こす原因には繋がらないんじゃないのか?」

 次男は中年の部下の諫言をさらりと流す。

 中年の部下がこうして次男を諭すのが初めてではないように、次男もこの話題に関しては何度も諭されている。両者にとって平行線をたどる話題だった。

「若はいつもそうやって仰いますが、女性の気持ちは若の想像の範疇を越えています。若とて、今までに数数えきれない女性に裏切られてきたことを、まさかお忘れでは無いでしょう」

 今回に限っては、中年の部下もやすやすと引き下がらない。姉の命が危険にさらされたとあって、護衛の身である自分の責任問題になりかねない。

「あの者がオリガ様にしたことをお忘れですか? 運よくオリガ様は足を捻られただけで、大きな怪我も無く救出されましたが、もしもまたオリガ様の身に何かあれば、若は責任が取れるのですか?」

 姉の名前を出され、次男は深緑色の目を伏せる。辛そうな表情を浮かべる。

 それを見た中年の部下は、言い過ぎたとばかりに謝罪する。

「申し訳ありません。言い過ぎました」

「いや」

 次男と中年の部下はそれっきり黙り込む。

 執務室には暖炉の薪のはぜる音と、時々窓のガラスを風が揺らす音だけが聞こえてくる。

 夜遅くまで執務室には明かりが灯り、長い影がゆらめき、紙のこすれる音が響いていた。

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