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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在35

 そんな姉と次男の様子を見守っていた中年の部下は肩をすくめる。

「やれやれ、最初はどうなるかと思いましたが。雨降って地固まるとはありますが、結果的に良かったと言えましょうか」

 少し離れた場所に立ち、小声でぼやく。

 中年の部下の口元に笑みが浮かぶ。

 そんな時、廊下を乱暴な足取りで通り過ぎる者がいた。

 次男に執務室に呼び出されたあのメイドだった。

「私は認めないわ、こんなこと。あの女さえいなければ、こんなことにはならなかった。全部あの女のせいよ! あの女さえいなければ、アレクセイ様は私のものになっていたはずなのに!!」

 そうでなければ、メイドにとっては今まで一介の使用人として次男に仕えていた意味が無かった。

 彼と一緒になれると信じて、こうして惨めな身分でも耐えて来たのだった。

「若、オリガ様!」

 中年の部下が駆け寄ろうとする。

 短く叫ぶ。

 メイドは姉の背後に立って、手に持った物で殴りつける。

「どうして今この時にあんたがここにいるのよ。あんたのせいよ、みんなあんたのせい! あんたさえ来なければ、こんなことにはならなかったのに!!」

 メイドが手に持っていたのは夕食を持ってきた時の銀板だった。

 それを持って姉の背後から殴りかかる。

 姉は驚いて振り返ったが、振り下ろされた銀板を避けることは出来なかった。

「オリガ!」

 次男が目の見えない姉をかばい、自分の方にその体を引き寄せる。

「きゃあ」

 姉はかろうじて難を逃れたが、一瞬遅れて銀板が次男の金髪を揺らし、頭をわずかにかすめていく。

「若!」

 次男は痛みに顔を歪ませ、姉を抱きしめたまま床に倒れる。

 中年の部下はメイドへと駆け寄る。

 体ごとぶつかる。

 メイドは銀板を取り落とし、体のバランスを崩す。

 中年の部下は廊下にいる他の部下に指示を出す。

「お前達、早くその女を取り押さえろ!」

「はい」

 部下たちがメイドを取り押さえるのを確認し、中年の部下はすぐに倒れている次男へと駆け寄る。

「若、申し訳ありません、油断しました。大丈夫ですか?」

「あぁ、何とかな」

 次男は姉の体を抱きかかえたまま、床に倒れている。

 メイドの銀板がかすめた辺り、金髪にうっすらと血がにじんでいる。

「まったく、ひどい目に遭ったよ」

 次男は姉を放し、体を起こす。

 中年の部下は次男の頭の怪我の具合を確認する。

 幸い頭の怪我は血が出ているものの、それほど深くは無いようだった。

 しかし頭の傷とあって油断は出来ない。

 メイドはすぐさま他の部下に捕えられ、床の上に組み伏せられる。

「は、放して! 放してよ!」

 後ろ手に縄で縛られ、連行されていく。

 次男はそれを横目に眺めている。

「応急処置をします。しばらくお待ち下さい」

 中年の部下は白い布を取り出し、次男の頭の傷に当てる。

 それを何重にも頭に巻き、後ろの部分で縛る。

「すぐに医者を呼びます。しばらくはそのままでいて下さい」

 姉は次男の隣に座り込み、青い顔で黙り込んでいる。

 次男は頭に巻いた白い布の上から傷のあるところに手で触れる。

「しかしまさか、彼女が殴り掛かって来るとは思わなかったよ」

 次男は茶化すように言って、声を立てて笑う。

 隣の姉を振り返る。

「とにかく、オリガに怪我が無くて良かった。オリガを守れたのなら、名誉の負傷、といったところさ」

「そんな、わたしなどにそんなことは」

 次男に笑いかけられ、姉も少しだけ笑う。

「申し訳ありません、兄さま」

 すぐに暗い顔に戻ってしまう。

「オリガが謝ることじゃないよ。幸い傷は浅いし、そんなに気にしないでほしい」

 次男は明るい声で返す。

 姉はうつむいてしまう。

 次男と中年の部下が今度のメイドの処遇を相談している間に、姉はぼんやりと考える。

(やっぱり、わたしが兄さまのそばにいるのはご迷惑かもしれない。今回はたまたま運が良かったけれど、次は大怪我を負ってしまうかもしれない。目の見えないわたしのせいで兄さまを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。もしもわたしのせいで兄さまに大怪我を負わせてしまったら、わたしはどう責任を取ればいいんだろう。どう償えばいいんだろう。自分のことならまだいいわ。でも目の見えないわたしのせいで、アレクセイ兄さまがお怪我をなされたら、わたしはどうすればいいんだろう。やはりわたしが兄さまのそばにいない方がいいかもしれない。わたしはどこか遠くへ行った方がいいのかもしれない)

 次男を大切に思う分、姉の心の中の不安が大きくなる。

 折角固まりかけた結論が揺らぎ、次男の婚約を受け入れるか迷ってしまう。

(わたしは、これからどうすればいいんだろう)

 姉の捻った足首がずきりと痛む。

 暗い気持ちを抱えたまま、姉は自室へと下がった。

 不安を誰にも話せないまま、一人で悩んでいた。

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