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姉と弟  作者: 深江 碧
三章 過去編
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過去編5

「お、お前は何者だ? な、何が目的だ?」

 いくら裏社会に通じる叔父でも、母親の姉である伯母の送り込んだ彼の正体は知らなかったらしい。

 彼は冷たく言い放つ。

「お前に名乗る義理はない。それよりも、聞きたいことがある」

 彼は護衛の動きに警戒しつつ、油汗を流す叔父の顔を見る。

 彼は目を細める。

「父と母、姉を事故に見せかけて殺したのは、お前か?」

 絞り出すような声でつぶやく。

 某財閥の長が事故で亡くなったと言うのに、事故の報道はほとんどなく、トラックの運転手もいまわの際に誰かに頼まれたと言ったのが、彼にはどうにも腑に落ちなかった。

 目撃者の証言では、信号で止まっていた車の列に、トラックが突っ込んだと言うが、その道が普段から渋滞するという話も彼には聞いたことがなかった。

 もしかしたらこれはすべて何者かに仕組まれたことかもしれない、と彼が確信を持ったのは、両親や姉の葬儀の後、叔父が一族のすべての会社を取り仕切ると明言してからだった。

 彼は親族の中で一番両親を殺害する動機がある。

そこで彼は手っ取り早く、叔父に直に尋ねてみることにした。

もちろん叔父が真実を話す確証はなかったが、人の嘘を聞き飽きた彼には人が嘘を吐いていれば一発でわかる確かな目を持っていた。

 叔父は目の前にいる彼を見て、視線を逸らす。

 彼は表情一つ変えず、冷淡に叔父を見下ろしている。

 玉のような汗が、叔父の頬を伝っていく。

 叔父は震えながら、カエルのつぶれた様な声で言う。

「そ、そうだ。兄夫婦を事故に見せかけ殺すよう金を握らせたのは、この私だ」

 その言葉を聞いて、彼の頭に一瞬で血が上る。

 目の前が真っ赤になる。

 彼は声を荒げて叫ぶ。

「お前が殺したのか? 父さんや母さん、それに姉さんを。お前のつまらない欲望のために、何の罪もない家族は犠牲になったと言うのか? ふざけるな!」

 叔父の首筋につきつけたパーパーナイフを握る手に力がこもる。

 彼ならば、その切っ先を首に突き立てればすぐにでも、叔父の命を奪えるはずだった。

 周囲を取り囲む護衛の男たちが動揺する。

 命の危険を感じ取った叔父は、必死に訴える。

「た、確かに、兄夫婦を殺したのは私だが、娘は殺していない! あの事故で命を奇跡的に取り留め、今も病院で入院している! ほ、本当だ。信じてくれ!」

 叔父の首にペーパーナイフを突き立てようとしていた彼の手が止まる。

 その両目が大きく見開かれる。

「姉さんが、生きてる?」

 彼の問いに、叔父は大仰にうなずく。

「そ、そうだ。だから、命だけは」

 叔父は情けない声で訴える。

 彼の心から烈火のような怒りが急速に収まっていく。

 ――姉さんが、姉さんが、生きてる。

 彼は噛みしめるようにその言葉を反芻する。

 叔父の首元に突き付けたペーパーナイフを握る手から急速に力が抜けていく。

 怒りに囚われていた暗い彼の心に一筋の光が差しこんだようだった。

 彼は自分の置かれている状況も忘れて、頭が真っ白になった。

 叔父と彼を取り囲んでいた護衛たちは、その一瞬の隙を逃さなかった。

「――様!」

 叔父を助けるために、彼との間に体ごと割って入る。

 身をていして叔父を助ける。

 叔父が彼から離れるのを見た護衛たちは、一斉に銃口を彼に向ける。

 彼に向けて発砲する。

 テーブルとその上にあった書類が数多くの銃弾に打ち抜かれる。

 数瞬前に彼がいた床に弾痕が残る。

 しかし彼はすでにそこにはいなかった。

 彼は身をひねり、素早い動作で無数に放たれた銃弾をかいくぐる。

 この場に用はないとばかりに、護衛の男たちの包囲網の薄い場所を瞬時に判断し、そこを突っ切る。

先程自分が入ってきた執務室の扉へと向かう。

「逃がすな!」

 護衛の男が叫ぶ。

 彼は執務室の扉を蹴り開け、廊下へと飛び出す。

 今の騒ぎを聞きつけてか、廊下には数えきれないほどの護衛の男たちが待ち構えていた。

 彼は自分に向けられた銃口をざっと見回す。

 男たちの配置を一瞬で把握する。

 銃弾が放たれる前に、身を低くして男たちの列に突進する。

 彼は建物に入る前に、大まかな建物の構造は把握していた。

 恐らくはエレベーターの中には叔父の部下が配置されているだろう。

 エレベーターを使えない以上、ビルの非常階段を使うしか手はないだろうと判断した。

 彼は男たちの包囲を突破する際に、男の一人から拳銃を奪い取る。

 振り向きざまに発砲する。

 銃弾は彼の狙った通り、護衛の男たちの手の平や腕、足などに当たる。

 彼らがひるんだすきに、彼は通路を駆け抜け、非常階段の扉を開け放つ。

 階段の下を見ると、階下から部下の男たちが昇ってくるところだった。

 彼は上る階段をふり仰ぎ、階段を上っていく。

 間もなくして階段が途切れ、屋上にたどり着く。

 そこは開けたビルの屋上だった。

 夜の景色の中に高いビル群が見える。

 辺りには強いビル風が吹き荒れ、彼の銀の髪を揺らす。

 屋上にたどり着いた彼は、後から追ってくる男たちに追いやられ、屋上の端へと移動する。

 大勢の護衛たちに守られながら、叔父が階段を上ってくる。

 叔父は彼の姿を見つけ、勝ち誇ったように笑う。

「ははは、誰の差し金かしらんが、お前もこれまでだな。所詮一人ではこの数を相手に太刀打ちできまい」

 屋上の隅に立っていた彼は、拳銃を手に叔父を見つめている。

 その顔はまったくの無表情で、この人数に取り囲まれたと言うのに何の動揺も見せていない。

 それが叔父や護衛の男たちから見たら、空恐ろしかった。

 叔父は恐怖心を悟られまいと、声を張り上げる。

「だ、誰の差し金か知らんが、抵抗しても無駄なことだ。この人数で一斉に発砲すれば、お前もあっと言う間に蜂の巣になるからな。一人で私の元へ乗り込んできたことは褒めてやるが、所詮そこまでだ。この場所では、他に逃げる場所はあるまい」

 叔父は冷や汗を流しながら、彼の顔色をうかがっている。

 少しでも怪しい動きを見せれば、すぐにでも部下たちに彼を撃たせるつもりだった。

 自分に向けられた銃口を見ても、彼は命乞いもしなければ、悔しげな表情も浮かべなかった。

 ただそこに立ち尽くし、黙って叔父を見つめていた。

 叔父は悔しげに奥歯を噛みしめる。

「お前は、何者かの命令であの家に送り込まれた暗殺者か? 道理で、私が今までに送り込んだ者が帰って来ない訳だ」

 叔父は護衛の影に隠れながら彼に視線を送る。

 そこで彼は初めて表情を浮かべる。

「そうか。あいつらを送り込んだのはあんただったのか。僕はただ、守れ、と言う命令しか受けていなかったから、犯人が誰かまでは調べようとしなかったけれど、それじゃあ駄目だったんだな。末端をいくら処理したところで、大元から叩かなければ意味はない、という訳か」

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