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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在32

 姉はぼんやりした頭で考える。

 ゆっくりと顔を上げる。

「そ、それで、兄さまは今どうしているのでしょうか? 出来ればわたしの口からご迷惑を掛けたことをお詫びしたいのですが」

 この屋敷で世話になっている以上は、次男に自分の無事を伝えるのが先決であるように思えた。

 それに突然いなくなったことで迷惑を掛けてしまったかもしれない。

「アレクセイ様は、今あなたを地下室に閉じ込めた犯人と執務室でお会いしています。何でも直接理由を聞きたいからと、我々護衛を下がらせ、二人きりで会われておられるようです」

「ふ、二人きり?」

 姉は素っ頓狂な声を上げる。

 その様子を想像する。

(あの人とアレクセイ兄さまが二人きり? あの人はアレクセイ兄さまのことが好きだと思うのだけど。でも本当にそうなのかしら?)

 姉の胸に言いようのない不安が忍び寄る。

 理由もわからず、胸が苦しくなる。

(あの人は好意を持っている兄さまと二人きりで本当に大丈夫なの? 好きだから、危害を加えるようなことはないの? 本当に、護衛の人がいなくて大丈夫なのかしら?)

 姉は昔夜会であった次男と弟のやり取りを思い出す。

 あの時は、弟の一発で次男が倒れてしまった。

 本当に護衛も無く、二人きりで大丈夫なのだろうか。

 もしも相手が危害を加えるつもりであれば、次男に対抗手段はあるのだろうか。

(それに、兄さまは女性に甘いところがあるようですし)

 姉は無意識のうちに唇を尖らせる。

 あのメイドの行動に不信感を覚える。

(本当に、護衛がいなくても問題ないのかしら)

 女の嫉妬とは恐ろしい。

 姉も何度か女性同士の諍いに巻き込まれたからわかる。

 社交界で白百合と呼ばれ、名前が知られている故にあらぬ噂を流され、疑いを掛けられたり、危害を加えられそうになった経験がある。

 そのあらぬ噂のおかげで、嫉妬に駆られてヒステリーを起こした女性に叩かれたことがある。

 そのせいでもっとひどい侮辱的な噂を流されたことがある。

(あの人が兄さまのことを好きだからと言って、わたしが邪魔だから排除しようとしたのはわかるわ。でもあの人は勘違いをしている。兄さまがあの人を好きなら問題は無いのだけど。もし兄さまがあの人のことを何とも思ってなかったら、あの人の勘違いが勘違いだとわかったら、あの人がその気になったらどんな行動に出るかわからない)

 人は時にどんなことでもやってのける。

 どんな醜いことも、暴力的なことも、理不尽なこともしてしまうだろう。

 姉は不安と胸騒ぎから、ベッドから出ようとする。

 次男の元に歩いて行こうとする。

「オリガ様、まだ寝ていなくてはなりません」

 それを見た中年の部下が姉の行動を止めようとする。

 ベッドから出ようとした姉の痛めた足首がずきりと痛む。

「うぅ」

 姉は思わず顔をしかめる。

 床に降りたものの、上手く立つことが出来ない。

 しかし姉の決意は変わらなかった。

 手を差し伸べる中年の部下に向かって毅然とした態度で言う。

「わたしのことは、どうか気にしないで下さい。それよりも今はアレクセイ兄さまの元へ一刻も早く向かって下さい。兄さまはお優しい方です。もし暴力を振るわれたり、危害を加えられたら、それに対抗できるかどうかわかりません。だからあなたが守ってあげて下さい」

 姉は少しだけ表情を崩し、穏やかな口調で言う。

「わたしのことはいいのです。どうかあなたは兄さまのそばにいてあげて下さい」

「しかし」

 中年の部下は躊躇うように言う。

「もしアレクセイ兄さまに何か言われたら、責任はすべてわたしが取ります。あなたは悪くありません。だから今はアレクセイ兄さまのそばにいてあげて下さい」

 姉は足首の痛みに耐えながら、穏やかに笑う。

 中年の部下はしばらくの間躊躇っていたが、やがてうなずく。

「わかりました」

 姉は床の上に座り込み、中年の部下が部屋から出て行くのを見送る。

「大丈夫ですか、オリガ様」

 近くにいた別の部下が姉に手を貸す。

 座り込んでいる姉を助け起こす。

「誰か、わたしに杖を貸して下さいませんか?」

 姉は部下の手を借りながら、ゆっくりと立ち上がる。

「わたしもアレクセイ兄さまの元に行きます。案内してもらえませんか?」

 しっかりした声でつぶやいた。

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