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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在27

 姉は雪を掻き分けて、ゆっくりと進んでいた。

 夜の闇の中、雪の中をわずかな距離を進むだけでも苦労する。

 現に姉は寒さのために手足の感覚が徐々になくなってきている。

 足首を挫いているのだから、無理をすれば骨を折ってしまう危険もある。

 吹雪いてきた雪の中、姉は白い息を吐き出し、必死に足を動かしていた。

 寒さと疲れのために、姉の気力は限界に達している。

 気を抜くと動けなくなったしまいそうだ。

 そんな姉の頭に浮かぶのは、死んだ両親との思い出だった。

 懐かしい思い出が走馬灯のように頭に浮かんでは消えて行く。

(そう言えば、雪の夜は、母さんがよく歌を歌ってくれたな。父さんもわたしも、母さんの歌が大好きだった。わたしもいつか母さんのように歌えるようになるのに憧れて、歌の道を志したんだったな)

 母親は「あまり上手じゃないから」と照れくさそうに笑ったものだが、姉も父親も母の優しい歌声が大好きだった。

 姉もいつかそんな風に歌を歌えるようになるのが夢だった。

(父さん、母さん)

 姉はついつい両親のことが思い出されて、胸の奥が痛む。

 涙をにじませながら、それでもゆっくりと歩いていく。

 姉自身、母親の歌に憧れて歌の道を選んだ。

 いつか多くの人を優しい気持ちに出来るように、感動させられるようになるのが、姉の目標でもあった。

(母さんが歌ってたのは、どんな曲だっただろう。前にデニスに歌ってあげた気がする)

 姉は白い息を吐き出しながら、刺すような寒さを全身に感じる。

 また風が強くなってきたようだ。

 震えながら歩き続けている。

 ついには足が雪に埋まって抜けなくなる。

 その場から動けなくなる。

 姉は自分を励めすように母の歌っていた歌を口ずさむ。

 ゆっくりと歌い出す。

 姉の澄んだ歌声が辺りに響く。

 その曲は以前に弟が寝入る時にも歌った美しく寂しげな子守唄。

 母親が故郷の子ども達を思う歌だ。

 小麦畑の中にある小屋の四季を歌った美しい曲。

 母親が子ども達を思う優しげな歌詞と旋律が耳に心地よく、美しい旋律で歌いやすい曲だった。

 黄金色に染まった小麦畑の小屋にいる母親の姿が、姉には亡くなった母と重なって見える。

 冬が来て、春を待ちわびるところまでは、以前弟に歌った時、姉はその先の歌詞は覚えていなかった。

 歌っているうちに、徐々に音程や歌詞を思い出してくる。

 姉は壁に手をつきながら寒い夜空の下で静かな歌を歌っていた。

 いつしか姉の頬に涙が伝う。

 胸には懐かしい両親との思い出が蘇ってくる。

(父さん、母さん、デニス)

 姉は熱い涙が頬を濡らすのに構わず、静かな歌を歌い続けた。

 寒さに震えながら、必死に歌を紡いた。

 二度目を繰り返しているうちに、姉はその歌の先の歌詞を思い出す。

 その先の歌は、春になって父親が戦争から帰って来た歌だった。

 喜びに沸く母親と子供たちに、父親は子ども達を腕に抱く。

 最後は家族一緒に喜びを分かち合って、ようやく訪れた春の祭りを祝うのだった。

(あぁ、この子守唄はこんな幸せな歌だったのね)

 夜空の下で歌っていた姉は、目に涙を浮かべながら胸が熱くなるのを感じる。

 いつか母親に夜寝入る前に歌ってもらった時のことを思い出す。

 気が付けば、嵐のように吹き荒れていた風がいつの間にか止んでいた。

 辺りは冷たく静まり返っていた。

 空気が冷え込んでいる。

 すると遠くから誰かの声が聞こえてくる。

「オリガ様!」

 それは誰の声だろうか。

 男性の声のように聞こえる。

「オリガ様、ご無事ですか。お怪我はありませんか?」

 寒さで凍える目の見えない姉には、その声の主が誰であるかを確認することは出来なかった。

 姉は中年の部下に助けられるまで母に教えられた子守唄を口ずさんでいた。

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