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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在26

 ワインセラーに姉を閉じ込めたメイドは、夕食の準備が出来たことを伝えるために次男の執務室の扉の前に立っていた。

 廊下の窓の外ではごうごうと雪の混じった風が唸りを立てている。

 辺りはすっかり暗くなり、庭の景色さえ見えない。

 メイドは次男の執務室の扉をそっとノックする。

 すぐに部屋の中から返事が返ってくる。

 扉を開けると、執務室の机の前で難しい顔の次男と中年の部下が何事か話し合っている。

「アレクセイ様、夕食の準備が整いました」

「あぁ、ありがとう」

 次男は穏やかな顔でメイドに応対し、すぐに真面目な表情に戻り部下との話に没頭する。

 メイドはそんな次男の整った横顔にしばし見とれる。

 流れるような金色の髪、深い知性を湛えた深緑色の瞳。

 バランスの取れた体型と文句の無い優雅な立ち姿は、一枚の絵画を思い起こさせる。

 メイドはこの屋敷に飾られている絵画を、掃除の合間に見るくらいだったが、きっと彼の姿を描いた絵画であれば、一流の美術館に飾っても遜色ないだろう。

 今は真剣な表情で部下と何事か話し合っている。

 メイドには二人の話の内容に興味は無かった。

 ただ次男とほんのひと時、こうして言葉を交わすことが嬉しかった。

 自分を見てくれることが嬉しかった。

 これまではそれだけで満足していた。

 しかしいつしかメイドはそれだけでは満足できなくなった。

 姉が屋敷に来てから、彼と親しげに話すのを見るたびに、狂おしいほどの嫉妬に苛まれた。

(あの女さえいなければ、あの人は私を見てくれるのに。あの女さえいなければ、あの人は私だけを見てくれるのに)

 いつしか次男は自分を愛してくれているのだと思い込むようになった。

 姉がいるせいで、次男が自分を見てくれないのだと思い込むようになった。

 自分の境遇や周囲への不満は、すべて姉のせいだと思い込むようになった。

 そのためメイドが姉をワインセラーに閉じ込めても、罪悪感はまったく感じなかった。

 それどころか自分は正しいことをしたのだと思い込んでいた。

(これであの邪魔な女はいなくなった。これから彼は私だけを見てくれるのね)

 メイドの胸には喜びが溢れていた。

 次男が自分のことを愛していると勘違いしているが故に、このような行動を起こしたのだった。

 そして姉がいなくなれば、すべてが解決すると思っていたのだ。

(これでわたしは使用人の身分から解放される。晴れてこの人の妻になることが出来るんだわ)

 世間知らずな田舎娘が都会に出てきた時に、男性に優しくされた時によくある勘違いだが、そのメイドの場合は度を超えていた。

 まったくメイドに興味を持っていない次男に少し優しくされたくらいで、メイドは彼が彼女を愛していると思い込んでしまったのだ。

 次男がそのメイド対しての接し方が、他の女性使用人と何ら変わらないことにはまったく気付いていない。

 メイドには次男と自分のことしか見えていなかった。

 次男の本心にさえ気付いていなかった。

 彼がメイドに対して何ら好意を抱いていないことに気付かなかった。

 メイドが自分を見つめていることに気が付いた次男がそちらを振り返る。

「仕事が終わったら食堂に向かう。使用人たちにはそう伝えておいてくれ」

 次男は淡々とした口調でメイドにそう答える。

 執務室の机の前で部下と話し合ったまま動こうとしない。

 メイドの胸に落胆が広がる。

「承知いたしました」

 渋々メイドは引き下がる。

 礼をして、次男の執務室から退室する。

 扉を音も無く閉めながら、溜息を吐く。

(折角あの女がいなくなったんだから、仕事ばかりでは無くて私に優しい言葉を掛けてくれればいいのに。愛をささやいてくれればいいのに)

 メイドは次男の先程の対応を不満に思う。

 仕事のために次男に冷たくされたと勘違いする。

 それまでだって主人である次男と使用人であるメイドとのやり取りはこんなものだった。

 一度だって次男から仕事の上で必要以上にメイドと言葉を交わしたことはなかった。

(でも急ぐのも野暮よね。あの女はいなくなったんだから。これからだって時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり愛を育めばいいわよね)

 メイドはすぐに考え直し、食堂の使用人たちに次男の言葉を伝えに向かう。

 その頃、次男と中年の部下が屋敷の鍵を盗み出した犯人を調べていることに、メイドはまったく気付かなかった。

 自分の仕出かしたことの責任の重大さに考えがいかなかった。

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