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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在24

 路地を出た弟はワタリガラスと一緒に大通りに出た。

 両側に高く積まれた雪の大通りを歩いていく。

 辺りは日が暮れて暗くなりつつある。

 大通りには街灯が灯り、通りを過ぎる人々もそれぞれ足早で家々へ向かっているようだ。

 気が付けば姉とかつて会った次男の屋敷だった門の前まで辿り着いていた。

 弟はその門の前で立ち止まる。

 門の向こうの屋敷を眺めている。

 屋敷の窓には明かりが灯っていない。

 門の明かりさえ見えない。

「なあ、ワタリガラス」

「ん?」

 ワタリガラスが弟を振り返る。

 つられてワタリガラスも足を止める。

 白い息を吐き、黙り込んでいる弟の横顔を見つめている。

「この屋敷だったら、誰も住んでないぜ。以前はお前の姉ちゃんがいたかもしれないが、今は引き払われた後だ」

 ワタリガラスは門から屋敷を透かして見上げる。

 屋敷の庭には雪が降り積もったまま真っ暗で、やはり人の出入りした様子がない。

 弟にもそれくらいわかっている。

「わかってるさ」

 弟は溜息を吐くように答える。

 そんなことはわかっている。

 すべてわかっているつもりだ。

 けれど、どうしようもない姉への未練のような気持ちが、拭い去れていない。

 自分でもどうしようもないことだと理屈ではわかっているつもりだ。

「姉さんは、あいつと一緒にいた方が幸せなのかな」

 不安な気持ちが弟の口をついて出た。

 ワタリガラスが奇妙な顔をする。

「は?」

 弟は門の向こうを眺めながら話す。

「姉さんは僕といるよりも、あいつと一緒にいた方が身の安全も保障される。何不自由ない生活が送れる。だったら僕と一緒にいるよりも、あいつと一緒にいた方が幸せなんじゃないかと思ってさ」

 ワタリガラスは眉をひそめ、聞き返す。

「あいつって、お前の従兄弟のアレクセイって奴のことか?」

 弟は小さくうなずく。

「あぁ」

 そのぼんやりした口調と表情から、心ここにあらずと様子だ。

 ワタリガラスは黒髪をがしがしとかく。

「俺には何とも言えないな。まあ、俺たちの居場所は組織にすべて把握されているからな。それよりは、お前の姉ちゃんもそのアレクセイって奴のところにいた方が安全かもしれないけどな」

 弟は虚ろな表情でうつむく。

「そうだよな。姉さんもそれが幸せだよな」

 ワタリガラスは弟の釈然としない態度に困惑しているようだ。

 小さく溜息を吐く。

「幸せかどうかは、お前の姉ちゃんに直接聞いてみないとわからないな。もしかしたら、危険かもしれないけれど、お前と一緒にいる方がいい、って姉ちゃんが言うかもしれないだろう?」

 ワタリガラスの言葉に、弟は驚いた顔で振り返る。

「それは姉ちゃんがどう思うかの問題だからな。俺にわかるはずがないだろう」

 ワタリガラスは肩をすくめる。

 またぶらぶらと歩き出す。

 屋敷の門の前を通り過ぎる。

「そうだな。姉さんの気持ちは、姉さん本人にしかわからないよな」

 弟は目を細め、はあっと白い息を吐き出す。

 うっすらと笑みを浮かべる。

 ワタリガラスの背を眺め、ゆっくりと歩き出す。

「ありがとな」

 小さな声が白い息とともに暗くなりつつある鈍色の雪空に溶けていく。

「ん? 何か言ったか、白犬」

 ワタリガラスは怪訝そうな顔で足を止める。

「いいや」

 弟はそんなワタリガラスの隣をすり抜ける。

 先に立って歩いていく。

 ワタリガラスは首を捻り、また歩き出す。

「それよりもさ、白犬。そろそろ夕飯の時間だよなあ。今晩のお前の叔父さんとこの晩飯は何だろな?」

 いつもと変わらない調子で声を掛け、歩いていく。

「お前、また屋敷に夕飯をたかりに来るつもりか?」

「いいだろ。だっておれはお前の相棒だからな。いわばお前と一心同体、って奴だ」

「よく言うよ。そう言って、お前は僕の三倍は食べるくせに」

「その分、十分働いているから良いだろう? 情報収集はいつも抜かりなくやってるしさ」

 いつもの軽い口調、いつものやり取りだった。

 そんなワタリガラスのいつも通りの様子に、弟はいつも救われるところがある。

 深刻に考え過ぎてしまう度に、現実に引き戻してくれる。

 そんな時、大通りに面した教会の鐘楼の鐘が鳴る。

 教会の鐘は夜の空気を震わせ、辺りに重厚な音を響かせる。

 弟は大通りの向こうにある教会を見上げる。

 鐘の音に耳を澄ませる。

 その音色は、今はそばにいない姉の姿を思い出させた。

 姉はよく教会の礼拝に出て、熱心に祈りを捧げていた。

 一方の弟は教会にほとんど足を運んだことも無い。

(姉さん)

 弟は神を信じてはいなかった。

 組織の命令で多くの人々を手に掛けてきた弟など、神の教えの下では地獄行きは決まっているだろう。

 そもそも弟は最初から自分自身が救われようという気持ちなど毛頭ないのだから。

(姉さんは、どこかで元気でいるのかな)

 しかし姉ことであれば、神に祈っても良い様な気がした。

 信心深い善良な姉のことであれば、きっと神に祈っても罰は当たるまい。

(姉さん)

 弟は手を合わせて神に祈った。

 今は近くにはいない姉の無事を心から願った。

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