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姉と弟  作者: 深江 碧
三章 過去編
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過去編4

 そういうやり取りをしている間に、父親が帰ってきた。

 姉と母親は父親に頼んで車を出してもらい、日曜日に一緒に弟の誕生日プレゼントを買いに行くことにした。

 日曜日に軍学校の寮から戻ってきた弟は、もちろん買い物に着いてきたがったが、姉と母親に反対され、渋々留守番を引き受けることになった。

 それが両親との今生の別れになるとも知らずに、弟は家族を見送った。




 事故を知った弟は、自分の無能さを呪い、声を上げて泣き叫んだ。

 彼にとって、誰かのために泣くなど初めてのことだった。

 声が枯れるまで泣き続け、泣き止んだ後に彼の心に残ったのは埋めようのない空虚な気持ちだけだった。

 守るべき家族を失った彼は、この世に生きる価値が見いだせなかった。

 家族を守れなかった番犬には何の価値もなく、守るべき家族を失った番犬の末路は、伯母に処分されるか、のたれ死ぬかのどちらかしか残されていなかった。

ならば伯母に処分される前に自らの命を絶とうと、彼は思った。

自らの死を決意した彼を、かろうじてこの世に留まらせたものは、彼の誕生日当日に届いた家族からの手紙だった。

消印は事故のあった前日で、父親や母親、姉が手紙の中で彼の誕生日を祝っていた。

生まれた場所も、生まれた日も知らない彼は、この家族に引き取られるまで、誕生日というものを祝われたことがなかった。

彼がこの家に養子として引き取られた日を、姉が彼の誕生日に決めたことから始まったお祝いだった。

それ以来、家族は毎年この日を彼の誕生日として祝った。

祝われることに慣れていない彼は、戸惑いながらも心が温かくなるような気持ちで、この日を過ごしたものだった。

その手紙を呼んだ彼は、心に空いた空虚な穴が激しい怒りに飲み込まれるのを感じた。

その時の彼には家族の復讐がすべてだった。

 事故を起こしたトラックの運転手を見つけ出し、出来うる限りの恐怖を与えて殺すというのが、彼の生きがいだった。

 両親と姉の葬儀が執り行われてから数日後、弟は国境に近い街で、事故を起こしたトラックの運転手を見つけた。

 運転手の男は場末の酒場で酒を飲んで仲間達と馬鹿騒ぎをしていた。

 彼は運転手の男が一人になるのを見計らって、行動を起こした。

 運転手の男は彼に命乞いをして、車の列に突っ込むように誰かに頼まれたことを話した。

 命乞いをする男を、彼は冷淡に見下ろしていた。

 聞き出すことを聞き出すと、彼は男を一思いに刺した。

 彼は男の話から、真犯人に心当たりがあった。

 ただ、その相手が真犯人だと言う確証はなかった。

 弟が叔父の経営する会社を訪ねると、彼は厳重なボディチェックを受けてから、叔父の執務室に通された。

 執務室の中には屈強そうな護衛が十数人が、叔父を取り囲んでいた。

 執務室の扉の前に立っていた彼は、そこから用件だけを言うように指示された。

 彼は両親と姉の遺体はどこにあるのか、せめて一目だけでも会いたいと訴えた。

 叔父はそんなものはないと突っぱねる。

 理由を聞くと、遺体は損傷部分が多く、とても人の形を保っていないからだと言う。

 説明する叔父の口ぶりを見て、彼は違和感を覚える。

 彼の知っている叔父に関することは、表向きは一族の長である父の右腕として働いているが、その実裏社会と繋がっているという情報しか持っていなかった。

彼は長年の経験から、これは何か隠していると直感した。

 そこで彼は叔父にとある話題を振ってみることにした。

「そう言えば、叔父さんは知っていますか? 父さんは生前に、秘密裏にある大手の会社を買収する取引を行っていたそうですよ。これから父の跡を継ぐ叔父さんに一応報告をしておこうと思って、こちらをうかがったんですが」

 彼がそう言うと、途端に叔父の顔色が変わる。

「会社の買収? そんな話初めて聞くぞ?」

 叔父はテーブルを叩き、立ち上がる。

 見事に餌に食いついてきたのを見た彼は笑顔で応じる。

「それはそうでしょう。僕や家族にしか話していないことですから。父はこの会社の買収に成功したら、家族で食事をしようとよく言っていました。ちょうど事故のあったあの日、夜には家族で食事に行くはずだったのですが」

 叔父は話を最後まで聞かず、口を挟む。

「その会社の買収は成功したのか?」

 どうやら叔父の頭にはそれしかないようだった。

 彼の顔に一瞬だけ氷のような冷たい表情が浮かぶ。

 しかしそれはすぐに笑顔に取って変わる。

「実は父の机から、それらしき書類が出て来まして。僕ではよくわからないので、叔父さんに見てもらおうと思ってこうして持ってきました」

 彼は懐から封筒を取り出す。

それを叔父の前で振って見せる。

「よ、よし、それを渡せ。私が確認してやる」

欲に目がくらんでいる叔父は、彼の持つ封筒を渡すように言う。

彼はわざとらしく肩をすくめる。

「いくら叔父さんの頼みとは言え、そう簡単には渡せませんよ。これは亡き父の形見です。僕は封筒の中身はまだ見ていませんが、とても重要そうな物ですから。叔父さんを疑っているわけではありませんが、自分の手元から離すのは心配なのですよ」

 彼の話を聞いた叔父は低くうなる。

 渋い顔で考える素振りをする。

「な、ならば、ここで共に封筒の中身を見る、というのはどうだ? それならば文句はあるまい」

 叔父から離れた部屋の扉の前に立っていた彼は大きくうなずく。

「ええ、構いませんよ。ただ、申し訳ありませんが、何か封筒を切る物を貸していただけませんか? 下手に封筒を破いたら、書類まで破いてしまいそうで」

 叔父は近くの護衛の男に命じる。

「おい、誰か、ペーパーナイフを持ってこい」

 護衛の男の一人が命令を受けて、部屋の外に出ていく。

護衛たちが道を開け、彼は叔父のいるテーブルへ歩み寄る。

「座れ」

 叔父の向かいのソファに腰かける。

 部屋に戻ってきた護衛の一人がペーパーナイフを彼に渡す。

 彼は器用にその封筒の封を切る。

 封筒の中から折りたたまれた一枚の書類を取り出す。

 彼は穏やかな笑みを浮かべながら、目の端で護衛の男たちをとらえる。

 男たちの動きに警戒する。

 彼はペーパーナイフを握りしめたまま、テーブルの上に折りたたまれた書類を置く。

 前かがみに覗き込んでくる叔父を正面に見据える。

「こちらなんですが」

 書類をテーブルの上に広げきった瞬間、彼はペーパーナイフを握りしめ、その切っ先を叔父の首筋向かって振り下ろす。

 異変を感じた叔父の周囲を取り巻く護衛たちが拳銃を取り出し、彼に向かって構える。

 その引き金が引かれるよりも早く、彼は低い声で叫ぶ。

「動くな。動けばこいつの首の頸動脈を断ち切る」

 先ほどの穏やかな笑みから想像もつかないような、鋭い目で護衛の男たちを射すくめる。

 彼にとっては武器がなくても、相手の息の根を止める方法はいくらでもあったが、相手に言うことを聞かせるためには、目の前で凶器を見せた方がより恐怖心を与えることはわかっていた。

 彼は何が起こったかわからず目を見開いている叔父の顔を見つめる。

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