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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在21

 屋敷の食堂では夕食の支度がされていた。

 白いテーブルクロスと温室で育てられた花が飾られたテーブルには、きれいに磨き上げられた食器が並び、厨房からはおいしそうな夕食の匂いが漂ってくる。

 この屋敷では最低限の人数の使用人しかいないため、どの役職の者であれ、協力して屋敷に仕事に当たるのが普通だった。

 そのため屋敷中の使用人のほとんどが、夕食の準備に駆り出されている。

 特にここ数日は夕方の食事の時は、次男と姉が一緒に席に座り、夕食を取るのが普通だった。

 上座に次男が座り、その斜め向かいに姉が座る。

 テーブルマナーはそれほど堅苦しいものではなく、二人は会話を楽しみながら一緒に夕食を取る。

 姉は目が見えないために料理を食べるのにも時間が掛かり、次男は自分の食事を終えても食堂に残り、姉と会話を楽しんでいるようだった。

 一緒にいる時間を大切にしているようだった。

 二人はまるで恋人のように仲睦まじく、穏やかに談笑しながら夕食を取っていた。

 メイドはその度に胸の奥から嫉妬の炎が沸き上がる。

 抑えようのない気持ちが込み上げてくる。

 声を大にして叫びたくなる。

(どうして気付いてくれないの? 私はあなたをこんなに大切に思っているのに。あの女はあなたを利用しようとしているだけなのに。どうしてこんなにあなたのことを思っている私を気にかけてくれないの? どうして私の気持ちに気付いてくれないの? どうして? どうして!)

 メイドはそんな問いを繰り返すうちに、あることに気が付いた。

 次男に対するこの報われない思いも、今の報われない境遇も、すべてはあの女のせいだと。

 決して自分に非がある訳でも無く、すべてはあの女が悪いのだと、そう信じ込んでしまった。

(……きっとあの女がすべての元凶なのね。あの女があなたを狂わせてしまったのね。可哀想なあなた。でも大丈夫。私がきっとあなたの目を覚まさせてあげるからね。あの女の本性を暴いて見せるからね。だからもう少し。もう少しよ。待っていてね。すぐにあの女を追い出してあげるわ。あの女をあなたの前から消してあげるわ。だから待っていてね。すぐにあなたの目を覚ましてあげるから)

 メイドは何度となく、目の見えない姉を連れ出そうとしたが駄目だった。

 普段はあの女の周囲には人がいる。

 姉の周囲には常に若いメイドが身の回りの世話をして、眠る時は部屋に鍵が掛けられる。

 この屋敷のすべての部屋の鍵は、年老いた家政婦が管理している。

 そのため今日の行動を起こすために、鍵を管理している家政婦の鍵の置き場を調べておいた。

 家政婦の目を盗んで、鍵束を盗んでおいた。

 姉が一人になるのを見計らって、人気のない地下室へと連れて行った。

 地下室から突き飛ばし、暗く寒い部屋に一人で閉じ込めてやった。

 今頃はどうしているだろう。

 寒さと暗さに耐えかねて、泣いているだろうか。

 それとも自分の仕出かしたことを反省して、許しを乞うているだろうか。

 どちらにしてもメイドにとっては愉快なことだった。

 その様子を思い浮かべる度に、腹の底から楽しくなる。

 姉の席に食器を並べていたメイドはほくそ笑む。

 他の使用人たちは自分の仕事に忙しく、メイドの態度を気に掛けていない。

 誰もメイドが姉をワインセラーに閉じ込めているとは思わないだろう。

 メイドはいつも姉の座るテーブルの表面を指でなぞる。

 もうこの席に姉が座ることは無いのだ。

 もう二人の仲睦まじいあのはらわたの煮えくり返る光景を見せつけられずに済むのだ。

 それだけでどれだけ清々しい気持ちになるだろう。

 あの女がいないだけで、どれほど気分が晴れやかになるだろう。

 今頃あの女は暗く寒いワインセラーに外から鍵を掛けられて、閉じ込められたままでいるのだ。

 後はじわじわと弱らせてやれば少しは反省するだろうか。

 命乞いをさせて次男の目を覚まさせてやることが出来ればそれでもいい。

 もし万一ワインセラーで独りさびしく死んでも、姉の死を悲しむものなど誰もいないだろう。

 不幸な事故として処分されるに違いない。

 晴れて自分は厄介な女を処理したとして、次男に感謝され、愛されて、恋人の座に就くことが出来る。

 あの性悪女を永遠にこの屋敷から追い出すことが出来る。

 これですべて自分の思い通りに丸く収まるのだ。

 貧しい惨めな生活から解放されて、晴れて次男に愛されて、彼と結婚することが出来るのだから。

 その時のメイドはそう信じて疑わなかった。

(あの女にとってはいい気味よ。いなくなって本当に良かったわ)

 もう姉が座ることの無い夕食のテーブルを整えながら、メイドは心の中でそうつぶやいた。

 独りで小さく微笑んでいた。

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