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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在20

 屋敷内の鍵がすべて無くなったとなれば一大事だ。

 その鍵束が他人の手に渡れば、この屋敷もすぐに引き払わなければならない。

「わたくしの思い違いかと思って、普段置いている場所はすべて探しましたが、どこにも見当たらないのです。申し訳ありません、坊ちゃま。こんなことは初めてで、わたくしもどうすればいいのか見当もつかないのです。それで取り急ぎ坊ちゃまにだけは、ご報告をと思いまして、こうして伺った次第です」

 次男は弱々しい家政婦の言葉を聞いて肩をすくめる。

 深緑色の瞳を細める。

「オリガのことと言い、今日は次々と問題が持ち上がるな。きっと厄日だな」

 ぽつりとつぶやく。

「は?」

 ばあやは心底不思議そうな顔をしている。

「こちらの話だ、気にしないでくれ。わかった、鍵の件は執事にも報告しておこう。こちらで探すように努力してみる」

「よろしくお願いいたします、坊ちゃま。わたくしももう一度探してみるつもりですが、わたくしの思い違いならば良いのですが」

「あぁ、よろしく頼む」

 次男は部屋を出て行くばあやを見送る。

 家政婦の姿が扉の向こうに消えて、長い溜息を吐く。

「だ、そうだ。イーゴリ、お前はどう思う?」

 隣に立つ中年の部下に尋ねる。

 中年の部下は唸るようにつぶやく。

「オリガ様がいなくなり、時を同じくして屋敷内の鍵が無くなった。これは恐らくオリガ様の件と関係があるのでしょうね。オリガ様を連れ去った人物が、屋敷内の鍵も持ち去った、と考えるのが自然ですが」

「そして犯人はその鍵を使って、オリガをどこかに閉じ込めている、とかな。犯人の目的が、この屋敷の鍵を盗むのならまだ良いが、オリガの誘拐や危害を加えるのが目的なら厄介だな」

 次男は考え込むように深緑色の瞳を細める。

「イーゴリを信用していない訳じゃない。お前がそう言うのなら、屋敷の警備に手抜かりはないだろう。だとしたら、外部からの侵入で無く、内部犯の仕業なんだろうな。今は犯行声明も無く、犯人の目的がわからない以上、無闇に人を動かすのはオリガの身に危険が及ぶ可能性がある。そんな厄介な相手を敵に回すよりも、屋敷内の鍵を盗んだ物取りを相手にする方がまだ楽なんだがなあ」

 次男は茶化すように言って、薄く笑う。

 一方の中年の部下は険しい表情を崩さない。

「どちらにしても、表立って動かない方が得策です。内部犯であるのなら尚更ですね。波風を立てればそれだけで犯人に気付かれてしまう可能性があります。ここは穏便に、秘密裏にオリガ様を捜すべきだと私は思います」

 中年の部下はそこでいったん言葉を切る。

 ちらりと次男に視線を投げかける。

「問題は、犯人の目的です。犯人の目的がもしもオリガ様に危害を加えることであれば、二時間の空白時間は大きな問題です。もしも私が犯人で、二時間の時間があれば、目の見えないオリガ様を殺し、誰にも見つからないように遺体を処理するには十分な時間でしょう」

 中年の部下は低い声でそうつぶやく。

 その言葉を聞いて、次男の笑顔が引きつった。

 見る見る表情が青ざめていく。

 そこでようやく最悪の考えに思い至ったようだ。

 中年の部下は次男から視線を逸らし、溜息を吐く。

「若の対応を非難するつもりはありませんが、もう少し早くオリガ様の不在に気付くべきだったかもしれません。そうすれば最悪の事態を想像する前に、別の方法も取れたかもしれませんが、すべては遅すぎたのかもしれませんね」

 薄暗くなり始めた窓の外を眺め、中年の部下は諦めたようにぽつりとつぶやいた。

「最悪の事態、か。それは思い至らなかったな」

 次男は青白い顔で唸り、金色の髪をくしゃりとかき回した。

 暗くなった部屋で明かりも灯さずに次男と中年の部下の二人だけが立ち尽くしていた。

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