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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在19

「オリガが部屋に戻っていない?」

 部屋で書類に目を通していた次男は、いつも姉の世話を任せている若いメイドからの報告を聞いて顔を上げる。

 隣には書類の整理をしていた中年の部下が立っている。

 若いメイドは暗い顔で話す。

「はい、バレンチナがオリガ様をお部屋に送り届けた後、オリガ様はどこかへ行ってしまわれたようです。いつも行かれる温室も、屋敷中もくまなく探したのですが、どこにもいらっしゃらないようでした」

 次男は書類を机の上に置き、金色の懐中時計を取り出す。時刻を確認する。

 時刻は夕方の五時少し前。

 朝から雪が降り続いていてそろそろ外も暗くなってくる頃だ。

 外の寒さもより厳しくなってくるだろう。

「オリガの姿を最後に見たのはいつ頃だい?」

 次男は懐中時計に目を落としたまま淡々とした声で尋ねる。

「は、はい、あれは確か三時頃でしょうか? オリガ様は私たち使用人のいる階下の部屋をお訪ねになられて、私の体調のことを心配して下さいました。私などの体調を気にしていただくなど、恐れ多いことです。その後、オリガ様はバレンチナの付き添いがあってお部屋に戻られたのですが」

 若いメイドは言いにくそうに口ごもる。

「それで、ついさっきオリガの部屋を訪ねたら、彼女は部屋にいなかった、と? その間オリガの部屋を覗いた者はいないのかい?」

 次男の問い掛けに、若いメイドはますます深く頭を下げる。

「も、申し訳ありません。私がもっと早く気付けば良かったのです。でも私もまさかオリガ様が部屋から出て、お一人でどこかに出歩かれるとは思ってもいなくて」

 悲痛な声で訴える。

 一方の次男は今の報告を聞いて何事か考え込んでいる。

 小さく溜息を吐く。

「では、もう二時間近くオリガの姿を見ていないということか。ただでさえオリガは目が見えない。そろそろ放っても置けない頃だろうね」

 次男は懐中時計を閉じる。かちんと金属のぶつかる音が響く。

 若いメイドに穏やかな顔を向ける。

「マリアは引き続きオリガを探してくれないか。もしかしたらどこか部屋の隅で眠り込んでいるのかもしれない。見えにくい場所にいるのかもしれない。ばあやに報告して、使用人たちと一緒にオリガを探してもらうように頼んでおくよ。マリアは引き続きオリガが行きそうなところを探してくれないか?」

「は、はい、アレクセイ様。オリガ様が見つかったら、すぐにご報告いたします」

「あぁ、頼む」

 若いメイドは緊張した面持ちで部屋を出て行った。

 次男は近くに黙って立っている中年の部下を振り返る。

「オリガのことはどう思う、イーゴリ」

 中年の部下は考える素振りをしてからゆっくりと話す。

「オリガ様が自ら出て行ったとは、今のところ考えらません。いくら今現在若のことを避けておられるとしても、一人でこの屋敷を出て行くほど考えが浅い方とも思えません。しっかりと自分の置かれた立場を理解していらっしゃるでしょうから。だとしたら可能性としては、何者かの手によって誘拐されたか、連れ去られたか、監禁されているか、ですが」

 中年の部下の朗々とした言葉に、次男は呆れて口を引き結ぶ。

「まあ、オリガに避けられている心当たりがあるから、何も言わないけどさ」

 中年の部下は次男のぼやきを無視して話し続ける。

「それでオリガ様のことですが、目の見えないオリガ様が誰かの付き添いもなしに一人で出歩くとは考えられません。だとしたら、どこかで怪我をされて一人では動けない状態か、何者かに連れ去られたか、どこかに監禁されているか、ですが」

 普段から中年の部下とのこういったやり取りは慣れているのか、次男はすぐに真剣な表情に戻る。

「そうだな。オリガは目が見えない。そして善良すぎるほど善良だ。オリガを騙してどこかに連れて行くのは容易いだろうな」

「屋敷の出入り口は、常に我々が見張っています。屋敷に出入りする業者も最低限にしていますし、厳しく検問しています。今日、屋敷に何者かが出入りした形跡も見られません」

 次男はあごに手を当てて考える素振りをする。

「そうするとオリガはまだ屋敷内にいる、ということか。使用人たちを総動員して、この屋敷の中をくまなく探しても良いんだがな」

「しかしもし屋敷内の何者かの仕業であれば、それはかえってオリガ様の身に危険を及ぼすことに繋がりかねません。こちらが大きく動けば動くほど、その何者かを刺激することになるのですから。こちらも慎重に動くべきだと私は思います」

「屋敷の人間が関わっているのが、一番厄介だな」

 次男は溜息と共に、懐中時計を懐に戻す。

 中年の部下は淡々と答える。

「しかしその可能性が一番高いのは事実でしょう。何度も言っているように、オリガ様は目が見えず、一人で勝手に行動されるほど考えが浅い方ではありません。もしも一人で動くとしても、何か事情があって行動されるでしょう。屋敷内の誰かの手引きに寄って姿をくらませたにしても、誰の目にも気づかれずに出歩くことは不可能です。だとしたら、屋敷内の何者かがオリガ様の姿を目撃しているかもしれません。内々でオリガ様の行方に関して聞き込みをするべきでしょう」

 そんな時、部屋の扉が叩かれる。

 次男と中年の部下は視線を交わす。

「誰だい?」

 次男が問うと、しわがれた女性の声が返ってくる。

「わたくしです。アレクセイ様に急ぎお伝えしたいことがございます」

 次男は中年の部下と顔を見合わせる。

「わかった。入ってくれ」

 次男が答えると、部屋に年を取った初老の女性が入ってくる。

 彼女は昔次男の教育係もしたことのある厳しい女性だ。

 年老いた今は家政婦として、女主人の代わりに女性使用人を取り仕切っている。

 普段から厳しいその顔には、今は緊張の色が取れる。

「それでばあや、急いでおれに伝えたいこととは何だ?」

 家政婦は次男にうやうやしく頭を下げる。

 緊張した面持ちで話す。

「は、はい、それが、坊ちゃまには大変申し上げにくいことなのですが。実は少し前から屋敷内の部屋の鍵が見当たらなくてですね」

「鍵?」

「はい、普段はわたくしが肌身離さず持ち歩いている鍵なのですが。あれは昼過ぎのことでしょうか。わたくしが少しの間目を離した隙に鍵がどこかへ行ってしまったようでして」

 家政婦が普段持ち歩いている鍵束の存在は、次男も知っている。

 彼女は屋敷の管理者として屋敷内のすべての鍵を管理している。

「も、申し訳ありません、坊ちゃま! この責任はすべてわたくしのせいです」

 家政婦は深く深く頭を下げる。

「それはつまり、屋敷内のすべての鍵が無くなった、ということか?」

 次男は傍らに立つ中年の部下と顔を見合わせる。

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