過去そして現在14
女性使用人たちは呆れたように冷ややかに応じる。
姉はまだ驚いて立ち尽くしている。
若いメイドは女性使用人たちの手を振り払う。
「わ、私のことは、今はどうでも良いでしょう? ほっといてよ」
若いメイドの子どもっぽい素振りを見て、姉は口元に笑みがこぼれる。
「ふふっ、マリアさんは本当にアレクセイ兄さまのことを、大切に思っているのですね。マリアさんは可愛らしいですね。こんなに兄さまのことを大切に思っているのですから、兄さまもマリアさんに思われて幸せですね」
何気なく口に出してしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。別に変な意味では無いのですよ? わ、わたしはマリアさんを悪く言うつもりでは」
姉はうっかり口に出てしまった本音を恥ずかしく思う。
「オリガ様まで、そんなことを言うのですか? わ、私は別に、アレクセイ様に対して、そんなことは」
若いメイドはさっと頬を赤らめ、そう反論する。
すかさず他の女性使用人たちが口を挟む。
「ほら、オリガ様だって、あんたのアレクセイ様好きのことは呆れてらっしゃるのよ」
「そうそう。あんたっているもアレクセイ様のことになると暴走するのよね。こっちはいい迷惑よ」
他の女性使用人たちにも言われ、若いメイドは小さくなる。
「ほ、ほっといてよ」
姉の先程の失言も、若いメイドは特に気にした様子も無いようだ。
ほっと息を吐き出す。
「あ~あ、マリアむくれちゃって」
「あんたはいつも子どもっぽいんだから」
そんなやり取りを聞いて、姉もつられて笑顔になる。
一方の若いメイドは頬を膨らませている。
「私はアレクセイ様に対してそんなつもりではありません。変な勘違いしないで下さい」
きっぱりと言い放つ。
「ほんとに~?」
「あんたはいつもそう言うのよね」
そんな賑やかなやり取りを聞いていると、姉も心が解けていく。
暗い気持ちが振り払われる。
ここに来て良かったと素直にそう思える。
すると女性使用人がぽつりとつぶやく。
「新しい女主人様が来ると聞いたから、どんな人が来るかと思って心配してたけど、オリガ様のような方で良かった」
女性使用人の漏らしたその一言に、姉は驚いた。
「え?」
「そうそう。ばあやさんみたいな怖い女主人が来たらどうしようかと思ったよ」
やはり姉は次男の客人と言うこともあって、屋敷の使用人たちからも注目されていたらしい。
「わ、わたしは、そんな風に思われていたのですか?」
思わず頬を赤らめる。
女性使用人たちはそんな姉の態度を見てぷっと吹き出す。
「違う違う、あたしたちオリガ様で良かった、って言ってるのよ?」
「そうそう。どうせ女主人になるなら、優しい人がいいなあ、ということよ」
「女主人?」
姉にはその意味がよくわからず、首を傾げる。
すかさず若いメイドが言い添える。
「女主人とは屋敷の女性使用人たちの頂点に立つ方ですよ、オリガ様。アレクセイ様はこの屋敷の主人として男性使用人たちの統括を行っていますが、今女性使用人たちを取り仕切っているのは、家政婦のばあやさんなんですよ」
主人や使用人やのことは知っている。
女主人とはつまり、屋敷での主人を助ける夫人のような役割の女性だ。
「でも、わたしは女主人ではありませんよ? 確かに兄さまの元でお世話にはなってはいますが」
姉は次男の客人であり、この屋敷に居候している身だ。
今のところそれ以上でも、それ以下でもない。
姉は若いメイドに聞いたつもりだったが、答えたのは女性使用人二人だった。
「それはつまり、オリガ様はアレクセイ様が屋敷に連れて来た高貴な女性、ということです」
「アレクセイ様の花嫁候補じゃないのか、と使用人たちの間で話題になってるんです」
「だからつまりオリガ様は、将来はアレクセイ様と一緒になられて、女主人になられる方なんじゃないかな、と思って」
「あたしらの上に立つ女主人の方は、出来れば優しい方がいいなあ、と思ってるんです」
女性使用人たちは交互に答える。
姉は女性使用人たちの言葉を反芻する。
見る見る顔が赤くなっていく。
「わ、わたしがアレクセイ兄さまの花嫁候補? 兄さまと一緒になる? そ、それで、女主人ということですか?」
「はい」「はい」
二人の声が合わさる。
二人とも期待の目で姉を見つめている。
その言葉の端々には姉に対する好奇心が垣間見える。
「アレクセイ様とはどこまでいってるんですか?」
「もうキスはしたんですか?」
二人は姉に対して距離を詰めてくる。
「え、ええと」
姉は言葉に詰まり、困り果てる。
「ちょ、ちょっと二人とも、オリガ様に変なこと言って困らせないでよ」
若いメイドが慌てて口を挟む。
女性使用人たちは悪びれなく答える。
「いいじゃない、別に」
「そうよ。あたしたちはオリガ様が優しそうで良かったって言ってるのよ? 他のお屋敷では使用人たちに暴力を振るう主人もいるって話じゃない」
「ねえ、それに比べたらオリガ様は優しそうだし」
「それに何より、あたしら使用人を蔑んだりしないみたいだし」
「ねえ」「ねー」
姉はまだ事態がよく把握できずにいる。
その頭に先程の次男とのやり取りが思い出される。
『出来ればオリガ嬢にはおれの求婚を受け入れてもらえると嬉しいのですが』
婚約の申し出の時のことを思い出し、姉の白い頬が急激に赤くなっていく。
もしも次男の求婚を受け入れれば、否応無く姉もこの屋敷の女主人となるのだろう。
そうなれば女主人として女性使用人たちを管理し、この屋敷の主人である次男と共に助け合って訪問客の相手をしたり、屋敷の中の仕事を取り仕切っていくことになるのだろう。
(わ、わたしが、この屋敷の女主人?)
姉は次男の隣に立つ自分の姿を想像してみる。
美しいドレスを着て、訪問客の相手をし、夜会を取り仕切る自分の姿を思い浮かべる。
自分に女主人なんてとても務まりそうになかった。
姉は目が見えない。客の相手はおろか、生活においても不自由なことが多いというのに。
「あくまであたしたちの感想を言ってるのよ?」
「そうよ。別に悪く言ってる訳じゃないからいいじゃない」
女性使用人たちは姉の気持ちも知らずに、楽しそうにおしゃべりしていた。




