過去そして現在11
姉は杖を手にメイドの後ろを歩きながら、与えられた部屋へと向かっていた。
与えられた部屋は次男の部屋と同じ階にあり、行き来するのも比較的短い距離で済む。
そのため姉が風邪で寝込んでいた時は、次男はたびたび見舞いに訪れ、姉のことを気遣ってくれた。
次男もそうだが、いつも身の回りの世話をしてくれる若いメイドのマリアにも、言葉では言い尽くせないほど感謝している。
(そう言えば、マリアさんは途中で気分が優れないと言っていたけれど、体調は大丈夫かしら)
若いメイドのマリアには、いつも世話になっている。
姉が体調を崩して寝込んでいる間も、親身になって看病してくれた。
この屋敷の中で姉が一番信頼している同性の相手は、若いメイドのマリアと言っていいほどだった。
(加減が良くなっていると良いのだけれど。もしも体調が悪いままだったら、お医者様に診てもらった方がいいかもしれない)
このまま部屋へ戻っても良かったが、きっと部屋に戻っても先程の次男の婚約の返事のことを一人で悩んでしまうだろう。
考え過ぎて気が滅入ってしまうだろう。
今は少しでも気晴らしがしたかった。
誰かと話しがしたかった。
若いメイドの声が聞きたかった。
(マリアさんのところに行こう)
姉はそう考え、前を歩くメイドに遠慮がちに声を掛ける。
「あの、すみません。少しよろしいですか」
前を向いて歩いていたメイドが立ち止まる気配がする。
「何か?」
メイドはぶっきらぼうに答える。
「先程、メイドのマリアさんの体調が良くないみたいだったのですが、マリアさんはどこかで休んで見えられるのでしょうか? 良ければお見舞いに行きたいのですが」
姉の問い掛けに、メイドはしばらく黙り込む。
「マリアなら、階下の自分の部屋で休んでいると思います」
「あの、マリアさんにぜひ会いたいので、案内してもらえないでしょうか」
姉は少し緊張しながらもメイドに頼み込む。
メイドは最初は嫌な顔をしていたが、渋々と言った様子で答える。
「わかりました。着いて来て下さい」
姉はほっと安堵の息を吐き出す。
ここで断られたらどうしようと考えていた。
「ありがとうございます」
メイドは姉の部屋を素通りし、さらに歩いていく。
杖を手に姉はメイドの後ろを歩いて行った。




