過去そして現在10
弟は男の後を一定の距離を開けて歩いていた。
その音をほとんど立てない歩き方からも、体重を感じさせない身のこなしからも、その男が一般人とは明らかに違うことがわかる。
弟と同業者か、軍人か、それともそれ以外の者か。
男の身なりから身分を判断する物は見られない。
どこにでもある黒いコートに黒い靴、黒い帽子を目深にかぶっている。
表情も年齢も分からない以上、警戒するべき相手であることは確かだった。
男はずっと人通りの多い大通りを歩いていた。
弟はその後をついて歩いている。
男は振り返りも、足を止めることもしなかった。
弟に気付いているのか気付いていないのか、それさえもわからない。
人ごみに同化している。
早々にまかれると思っていた弟は、少し拍子抜けしてしまう。
姉の手がかりになるかと思ってここまでつけているのだが、あまりにも自然すぎて、男について行っても何の手がかりも無いのかもしれない、と思ってしまう。
不意に男が細い路地に曲がった。
弟は警戒しながらもその路地の角を曲がる。
薄暗い路地へと足を踏み入れる。
その時だった。
弟は背後から腕を捕まれる。
無理矢理にそちらを振り向かされる。
「お前、何してる」
声を掛けられるのと、弟が拳銃を取り出すのはほぼ同時だった。




