過去そして現在9
次男は姉の後姿が扉の向こうに消えるまで見送っていた。
姉とメイドが出て行った部屋に、次男一人だけが残される。
テーブルの上に残された紅茶カップ二つが、口もつけられないまま湯気を立てている。
暖炉の薪が勢いよく燃えている。
次男はその場に立ち尽くしたまま、姉から返された婚約指輪を眺めている。
音も無く扉が開き、中年の部下の男が部屋に入ってくる。
次男のそばまで歩いて来る。
「すぐにオリガ様からお返事をいただかなくても良かったのですか?」
次男は指輪越しに姉が消えた扉を見つめたままだ。
「本来ならば、若としては今すぐにでもオリガ様の協力が必要だったのではないのですか? オリガ様の協力を得て、彼女の伯母君であるヘレナ様の組織の力を借り、またオリガ様のお父上に恩のある方々の協力を得たいと思っていたのでは無いのですか?」
中年の部下の問いに、次男は振り返らずに応じる。
「うん、そうだな。最初の計画では、そうだったんだけどな」
次男は姉から受け取った婚約指輪を握りしめ、最初に取り出した小箱に戻す。
小箱を閉じて、溜息を吐く。
「でも、おれはオリガに無理強いをしたくない。迷いのあるままで協力して欲しくない。彼女の気持ちが固まってからじゃないと、覚悟を決めてからじゃないと、兄貴たちに対抗するのは無理だと思うんだ。あのクソ兄貴も、あのクソ生意気な弟も手加減してくれるとも思えないからな。彼女が自分で協力を申し出てくれないと駄目なんだ」
次男は小箱をテーブルの上に置く。
その声には先ほどの覇気がない。
中年の部下は淡々と応じる。
「そうですか。若がそう仰るのでしたら、我々は今出来る範囲のことをするまでです」
「悪いな」
「いえ」
中年の部下はそこで言葉を切り、わずかに迷う素振りをする。
執務机の上に置かれた手紙を振り返る。
次男は中年の部下の様子を見て、問い掛ける。
「どうした? 何かあったのか」
「不確かな情報なのですが、今回のパーティーには、財閥の主だった人物をはじめ、引退したはずのあの方がお出ましになるとか。これまで財閥の跡目争いにもまったく関与しなかったあの方が、どうして今頃になってお出ましになるのか」
中年の部下は小声で次男に耳打ちする。
次男は一瞬驚いた顔をする。
そしてすぐに苦渋の表情を浮かべる。
「そうか。それならそんな生易しいことは言っていられないな。親父のパーティーにはオリガを引きずってでも連れて行かないとな」
次男は金髪をかき回し、唸るようにつぶやいた。




