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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在5

 着替えの終わった姉は、再び次男の執務室を訪ねた。

「失礼いたします、アレクセイ兄さま」

 姉は穏やかな笑みを浮かべ、その背後にはがっくりとうなだれた若いメイドがついている。

 それを見た次男が尋ねる。

「どうしたんだ、マリア。疲れているか? 君にはずっとオリガのそばに着いていて大変だろう。少し休息を取って休んだらどうだ」

「はあ、そうですね。そうさせて頂きます」

 メイドは次男に頭を下げ、退室する。

 別のメイドが入れ替わりにお茶を持って執務室に入ってくる。

 次男は姉にソファをすすめ、自分もその向かい側に座る。

「さて、どこまで話したかな」

 次男の問いに、姉ははきはきと答える。

「父が財閥に戻って来たところまでです」

 メイドが茶器をテーブルの上に置く。

 ポットからカップに紅茶が注がれる。

 今度の茶葉はすがすがしい香りの紅茶だった。

 部屋全体に紅茶の香りが広がる。

 姉は膝の上に両手を組んで、うつむく。

「もしよろしければ続きを話してもらえませんか? わたしはその先のことが知りたいのです。どうして父が殺されなければならなかったのか。両親が死ななければならなかったのか、その理由が知りたいのです」

 次男はゆったりとソファの座り、向かいに座る姉を見つめていた。

 紅茶を置き終えたメイドが部屋を出て行くのを見計らって、口を開く。

「その前に、おれと約束をしてもらえませんか?」

「約束?」

 姉は問い返す。

 次男は姉を真っ直ぐに見つめている。

「ええ、約束です。おれがあなたに真実を話す代わりに、あなたがおれに協力し、手助けをしてくれるという約束です。別にあなたを疑っている訳ではありませんが、おれも絶対に裏切らない協力者が欲しいと思っています。あなたにはぜひともおれの味方になってほしいと思っています」

 次男は穏やかに笑っている。

 しかしその話している内容は穏やかではなかった。

 言葉には姉に対する棘が含まれている。

 姉は顔を上げて、見えない目で次男を真っ直ぐに見つめ返す。

 先ほどの砕けた調子とは違うようだ。

 姉も気を引き締めて次男に臨まなければならない。

「元からわたしにはあなたの頼みを拒否する権利はありません。その約束を受け入れるしかないのです。わたしは目も見えず、一人ではどこかへ行くことが出来ません。わたしはあなたと行動を共にするしかないのに、どうしてあなたを裏切ることが出来ましょうか?」

 姉は努めて穏やかな声で返す。

 次男は声を立てて笑う。

「それは失礼しました、オリガ嬢。ではおれはあなたの協力を期待出来る、ということでしょうか。あなたがおれを裏切らないということを前提に考えてよいのでしょう」

 次男はテーブル越しにこちらに身を乗り出してくる。

 姉は淡々と答える。

「ええ、そうですね。わたしはあなたに出来る限り協力いたします」

 次男は胸をなで下ろす。安堵の息を吐き出す。

「それならば良かった。では、今日からあなたにはこれを身に付けてもらいます」

 次男はそう言って、テーブルの上の紅茶のカップの隣に一つの小箱を置く。

 その小箱を手に取り、その中身を見せる。

 小箱の中には、サイズの違う二つの指輪が入っている。

「これ、とは?」

 無論、目の見えない姉には小箱の中身は見えない。

 姉は不思議そうに次男を見つめている。

 次男は姉の疑問には答えず、話し続ける。

「オリガ嬢、左手を出してもらえませんか」

「左手、ですか?」

 姉は次男に言われた通りに左手を差し出す。

「ええ、そうです」

 次男は姉のほっそりとした左手をつかむ。

 にっこりと笑う。

「先ほどの疑問にお答えいたします。これは、おれとあなたとの婚約指輪ですよ、オリガ嬢。今ここでおれはあなたに求婚します。おれの婚約者としてこの指輪をつけて、おれの隣に立って下さいませんか?」

「え?」

 姉は驚いて固まっている。

 その間に次男は小箱の中の小さい指輪を取り出す。

 姉の左手の薬指に指輪をはめる。

 その指輪は姉の薬指に寸分たがわずぴったりとはまり込む。

 指輪は窓からの光を受けて輝いている。

 姉は指輪を見ることは出来なかったが、左手にはまっている感触は感じることが出来る。

「そしてゆくゆくは結婚しましょう、オリガ嬢」

 次男は姉の左手を取り、その手の甲にキスをする。

 姉はソファに座ったままの姿勢で肩を震わせる。

 かろうじて声を絞り出す。

「わ、わたしは、その。だって、あなたはさっき、わたしに兄と呼んで欲しいと。あなたの妹としてではなくて、ですか?」

 姉はたどたどしく尋ねる。

 その顔が見る見る赤みを増していく。

 顔から湯気が出るのではないかと思うほど真っ赤になる。

「おれは一人の女性として、あなたを愛していますよ」

 次男は姉の指輪のはまっている左手の指と自分の右手の指を絡ませる。

 姉の整った顔を覗き込む。

「出来ればオリガ嬢にはおれの求婚を受け入れてもらえると嬉しいのですが。いかがでしょうか?」

 次男はそう言って、深緑色の瞳を細めて照れくさそうに微笑んだ。

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