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姉と弟  作者: 深江 碧
十二章 過去そして現在
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過去そして現在3

 初めて会った時、本当は嬉しかったんだ。

 ありがとう、という気持ちを、本当になら真っ先に伝えなくてはいけなかったのに。

 あの時は、それを伝えることが出来なかった。

 ありがとう。今ならきっと言える。

 ありがとう。大好きだよ、姉さん。


 弟が浅いまどろみから目を覚ましたのは昼近くだった。

 昨夜は遅くまで屋敷の警護に当たっていたので、今日は一日非番だった。

 こうしてベッドの上で眠れるのも久しぶりのことで、普段であれば壁にもたれかかったままでも、どこでも眠れるように体を習慣づけている。

 弟はベッドに横になったまま、銀色の髪をかき上げる。

 暗い天井を見つめている。

(昔の夢を見たな)

 目を閉じると、幼い少女のあどけない笑顔が浮かんでくる。

 黒髪の少女は頭に白い花で編んだ冠をかぶって、明るい日材の中で緑の芝生の上を駆けている。

 弟は少女に手を引かれ、おぼつかない足取りでついて行った。

 その頃のことを弟は思い出す。

(もう何年も昔の、僕が引き取られてからの夢だ。今思い返すと、あの時が一番幸せだったな)

 心優しい両親と姉に囲まれ、弟はそれまでの生活からは考えられないほどの満たされた生活を送っていた。

 そして迂闊にも、その幸せがずっと続くと思い込んでしまった。

 そんなことは無いと心の片隅ではわかっていながら、その幸せに浸ってしまった。

(僕はずっと闇の中で生きてきたのに。こんな明るい世界があるなんて知らなかった。そんな幸せは、望んでも得られなかったはずなのに)

 うっすらと目を開ける。

 目の前には暗い天井と寒い部屋には、他に誰の気配もない。

 両親や姉と一緒に暮らしていた時は、彼らがいると思うだけで目の前の景色が明るく見えた。

 毎日が輝いて見えた。

 けれど、今は誰もいない。

 両親は亡くなり、たった一人生き残った姉も、今はここにはいない。

(姉さん)

 弟は心の中でそっとつぶやく。

 最後に会ったのは少し前のことだ。

 風邪を引いてベッドで寝込んでいたため、声もかけられなかった。

 何も言わずに屋敷を後にした。

(姉さん、元気になったかなあ)

 弟は腕を真っ直ぐに天井に向かって伸ばす。

 自分の傷だらけの腕や手を見る。

 普段は服で隠れて見えないが、体中に無数の傷がある。

 みんな組織の今までの仕事でついたものだ。

 一番新しい傷は、姉と一緒に病院で逃げる時についた腹部の傷だった。

 あの時は傷のせいで熱が出て、姉にひどく心配をかけてしまった。

 今はすっかり塞がったが、弟の腹部には今もその時の怪我の跡が残っている。

 別れる時、弟は姉に本当のことを話した。

 ずっと組織の下で働いてきたこと、一家の護衛をしてきたこと、そのために数多くの人間の命を奪って来たこと。

 姉はそれら弟の過去を受け入れた。

 ずっと真実を知られることを恐れていた弟は、姉に話すことで気持ちが楽になった。

 姉と同じ明るい道に進めるのだと、勝手に勘違いしてしまった。

 実際にはそんなことは無く、同じ道など決して辿れないのにも関わらず。

 姉の隣に立てると夢見てしまったのだ。

(姉さんに会いに行こう。もしかしたら、風邪がまだ治っていないかもしれない)

 無理矢理に理由を付けて、姉に対する不安を振り払おうとする。

 きっと姉は弟が訪ねて来てくれたと知れば、歓迎してくれるに違いない。

 優しく出迎えてくれるに違いない。

(よし)

 弟は勢いよくベッドから起き上がる。

 服を着替え、近くに掛けてあるコートを羽織る。

 武器弾薬を確認し、いざと言う時の対処も出来るようにしておく。

 姉の元を訪ねる途中で、香りの良い花束と編み物用の毛糸のどちらを見舞いに持って行こうか迷う。

 結局は両方買って、弟は明るい気持ちで姉の元を訪ねた。

 門にたどり着くと、その屋敷は既に次男が引き払った後だった。

 屋敷には人の気配がなく、荒れ果てていた。

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