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姉と弟  作者: 深江 碧
十一章 あなたに出来ること、わたしに出来ること
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あなたに出来ること、わたしに出来ること10

「お仕事中、ごめんなさい。お邪魔だったでしょうか?」

 姉は申し訳なく思いながらそう言って、小首を傾げる。

「いいえ、おれもちょうど休憩しようと思っていたところだから構わないですよ。どうぞこちらへ」

 次男は首を横に振り、杖を持った姉の手を引いてソファへと案内する。

 姉をそこへ座らせる。

「申し訳ありません、わたしが目が見えないばかりに。ありがとうございます、アレクセイ様」

 姉は次男にお礼を言う。

 次男は若いメイドにお茶を頼んで下がらせる。

 テーブルを挟んだ姉の向かいに座る。

「それでオリガ嬢、お体の具合はどうですか?」

「えぇ、はい。もうすっかり良くなりました。すべてアレクセイ様のおかげです」

「そうですか、それなら良かった」

 次男は穏やかに笑う。

 姉は膝の上で手を組み合わせたまま、硬い表情をする。

「あの、アレクセイ様。少々お聞きしたいことがありまして」

 姉は遠慮しながらつぶやく。

「何でしょうか? おれで答えられる事でしたら、お答えしますよ」

 次男は向かいのソファに座る姉を真っ直ぐに見つめている。

 姉はわずかにうつむく。

 膝の上に置いた両手を組み替える。

「あの、アレクセイ様はどうしてわたしを助けてくれたのですか?」

 次男は深緑色の瞳を見開く。

「どうして、とは?」

 もちろん次男自身、その問いを想定していなかった訳ではない。

 いつかは姉に聞かれるだろうと思っていた問いだろう。

 姉は静かだかはっきりとした口調で話す。

「目の見えないわたしに、今更どれほどの価値があるのか、わたしは知りません。どうして両親が殺されたのか、わたし自身の命が狙われているのか、それは今のわたしには知りえないことです。わたしは、それらの真実を、そしてあなたの目的が知りたいのです。あなたはどうしてわたしの命を助けて下さるのですか?」

 姉は膝の上で両手を握りしめ、次男と真剣に向き合う。

「まいったな」

 次男は小さく息を吐き出す。

「仕方がありませんね。大切なあなたの頼みです。おれの知っていることは全部お話ししましょう」

 次男はソファの背もたれに背中を預ける。

 考えるように天井の明かりを見上げる。

「どうやら、あなたは一筋縄ではいかない女性のようですね。本当のことを話さない限り、あなたの信頼は得られないようです。本当ならば、あなたにもっと早くお話しすれば良かったのかもしれません。そうすれば、あの時あなたがおれから逃げ出すこともなかったかもしれませんね」

 独り言のようにつぶやく。

「あ、ありがとうございます、アレクセイ様」

 姉の喜ぶ様子とは対照的に、次男は難しい顔をする。

 不満そうに首を捻る。

「そのアレクセイ様、という他人行儀な呼び方は、何とかなりませんか? あなたにはもう少し親しげに呼んでもらいたいのですが。折角こうしてお近づきになれたのですから、せめて、兄さま、というように、あなたには親しげ愛情をおれのことを呼んでいただきたいのですが」

「そ、そうなの、ですか?」

 次男の提案に、姉は戸惑う。

「に、兄さま、ですか? でも、それは」

 姉が言いよどんでいると、次男はテーブルに手を置いて、身を乗り出してくる。

「そもそもおれとあなたは従兄弟同士ですし、そういった呼び方をしても差し障りが無いでしょう。それにそういう親しい呼び方をしていただければ、より親身に感じられ、愛情も沸くと思うのですが」

 姉は絶句する。

 どうして次男がそういった呼び方にこだわるのか、さっぱり理解できない。

 姉にとっては呼び方がどうであれ、お互いの信頼関係が大事であった。

「そういった呼び方は、あなたに本当のことを教える交換条件の一つでいかがでしょうか? おれがあなたを助けた理由についてお話しする条件として、あなたはおれのことをこれからはそう呼んでもらう。これは決して悪い条件ではないと思いますが」

 次男は姉に笑いかける。

 姉はしばらく考え込む。

「兄さま、ですか? 確かに年齢は、アレクセイ様の方がわたしよりも年上ですし、それに従兄弟同士なので、そういった呼び方も、あるかもしれませんが」

 姉はまだ渋っている。

「兄さま、またはアレクセイ兄さま、と呼んでくれると、おれは嬉しいな」

 次男の期待するような明るい声に、姉の拒否権は無いように思われた。

 姉は渋々承諾する。

「わかりました。これからは、兄さま、とお呼びすればよろしいでしょうか」

 姉は困ったように首を傾げる。

 次男は照れくさそうに頭をかく。

「申し訳ありませんが、もう一度呼んでいただけますか?」

 姉は困惑しながらも言う。

「兄さま、ですか?」

「もう一度」

「アレクセイ兄さま?」

「もう一度」

 要求されるがままに、姉はその呼び方を繰り返す。

 いい加減うんざりするくらい、何度もその呼び方を口にする。

「もうよろしいですか、兄さま。話を先に進めたいのですが」

 姉が嫌になって音を上げるのと対照的に、次男は頬を紅潮させている。

 次男はテーブルを回り込み、ソファに座る姉を嬉しそうに抱きしめる。

「おれも血の繋がらない、あんなクソ兄貴や、くそ生意気な弟より、可愛い妹が欲しかったなあ。まあ、血の繋がったちょっと気弱な可愛い弟がいるだけまだ良いのだけど。どうせならオリガみたいな、素直で可愛い妹もいれば良かったよ」

 一方の姉は次男に抱きしめられたまま顔を赤くして硬直している。

「そ、そうですか。ご期待に添えられたのならば、良かったです」

 姉は冷や汗を流しながら、かすれた声で応じる。

 次男は姉から体を離す。

 姿勢をただし、急に真面目な顔になる。

「おれがあなたを助けた本当の理由は、あなたにおれの協力を頼みたいからですよ。おれの本当の目的は、あなたの命を狙い、あなたのご両親を殺したあのクソ兄貴を財閥の権力の座から引きずりおろすことです。それにはおれ一人の力では足りないのです。あなたの協力が不可欠なのです。だからどうかあなたの力をおれに貸して下さいませんか? おれに協力してもらえませんか?」

 次男はソファに座る姉に頭を下げる。

「わ、わたしは」

 姉は戸惑い、すぐには返事が出来ない。

 次男は頭を上げる。

 困ったように笑う。

「すぐに結論を出していただかなくても結構ですよ。順を追って説明致しましょう。さて、あなたにはどこから話せば良いでしょうか」

 次男は姉の隣に座り、あごに手を当てて考え込んでいる。

 ちょうどその時、若いメイドが頼んだお茶を持ってくる。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 メイドはテーブルの上に紅茶やポットやお菓子などを並べる。

 次男はテーブルの上にある紅茶のカップを手に取る。

「紅茶でも飲みながら話をしましょう。長い話になりますが、気負わずに聞いていただければと思います。まずはあなたのご両親の話からいたしましょうか。あなたが生まれる前に、財閥内で起こったあなたの父親とおれの父親との若い頃の跡目争いの話でも。それが一連の出来事のすべての元凶だったのです」

 紅茶のカップを手渡された姉は茶葉の香りをかぐ。

 心地よい温かさと、清々しい香りで、気持ちが落ち着いてくる。

「長い話でも構いません。どうか本当のことをお聞かせください」

 姉は緊張した面持ちで、次男の話に耳を傾けた。

 それは姉の知らない両親の過去の話だった。

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