あなたに出来ること、わたしに出来ること9
次男は執務室で一枚の手紙を前に難しい顔をしていた。
「どうされたのですか、若」
中年の部下が聞いてくる。
先ほどから次男はペーパーナイフを手に、手紙の差出人を見たまま固まっている。
手紙を受け取ってから、ずっとそのまま動かないでいる。
「ちょっと、な」
次男はまだ難しい顔をしていたが、意を決して手紙の封を開けることにしたようだった。
ペーパーナイフで封筒を切る。中の手紙を広げる。
中年の部下は次男のそばに控えたまま、彼が言葉を発するのを待っている。
次男は手紙の文面にざっと目を通して、大きな溜息を吐く。
「やっぱり、なあ」
うんざりしたような顔でつぶやく。
「どうかされたのですか? 手紙にはどのような内容が書かれていたのですか?」
中年の部下の問いに、次男は何も答えないまま封筒ごと手紙を手渡す。
部下はその手紙に目を通す。
「これは、若のお父上であるビクトル様からの招待状ですね?」
部下は手紙越しに次男の顔色をうかがう。
次男はつまらなさそうに答える。
「そうだな」
次男は不機嫌なままだった。
難しい顔で窓の外を眺め、腕組みをしている。
「来月、か。きっとあのクソ兄貴も、あのクソ生意気なグレゴリーの奴も、色々と罠を張って待っているんだろうなあ」
次男は溜息を吐く。
いつになく考え込んでいる。
「来月までに、オリガの協力を得られないかなあ。そうすればこっちにも少しは打つ手があるのに」
次男は窓の外の雪景色を眺め、ぽつりとつぶやく。
「オリガ様を、ですか? しかしオリガ様はまだ体調が万全ではありません」
次男は中年の部下を振り返る。
「それでも、だ。こっちはオリガに出てもらわないと駄目なんだ。あのクソ兄貴だけならまだしも、あのクソ生意気なグレゴリーの奴もいるんだろう? 財閥の重鎮たちを納得させるだけの確固とした理由と、確固とした地位が、今のおれには必要なんだよ」
次男は落ち着かない様子で部屋の中を歩き回る。
金色の髪をくしゃくしゃとかき回し、考えをまとめようと必死になっている。
部下は落ち着いた態度で手紙を元のように折りたたみ、封筒の中に戻す。
「では、オリガ様が若と共にそのパーティーに出るとして、あらかじめ打てる手はすべて打っておかないといけないのではありませんか? 万一オリガ様に何かあれば、今度こそ若は万事休すではないのですか? こちらは打つ手がなくなってしまうのではありませんか?」
中年の部下は淡々と応じる。
落ち着かない次男とは対照的だった。
幾度となく修羅場を渡って来た中年の部下が取り乱すことは滅多にない。
次男はあごに手を当てて考え込んでいる。
「それにはこちらに協力してもらえるように、オリガの気持ちをはっきりしてもらわなければならないんだよなあ。他の奴らを前にしても、甘い言葉を掛けられても、オリガが心変わりをしないように」
次男は部下の手にした封筒を受け取り、執務机の引き出しの中に入れる。
引き出しに鍵をかける。
次男は引き出しの鍵を握りしめ、窓を振り返る。
窓の外では依然雪が降り続いている。
「本当は、オリガがおれを愛してくれていれば、話は早いんだけどなあ」
窓の外の雪を見ながら、次男はぼやく。
「若、何を寝ぼけたことを仰っているのですか? オリガ様に限って、それは無いでしょう」
間髪入れず、部下の冷静な突っ込みが入る。
次男は恨めしそうな顔で中年の部下を振り返る。
部下は相変わらず涼しい顔をしている。
「若もいつまでもそんな夢みたいなことを仰っていないで、現実を見たらいかがですか? オリガ様に対して、もう少し真摯に、真面目に、誠実に向き合ってみたらどうですか? それが両親を亡くされ、たった一人の肉親とも離れ離れになって、病み上がりで心細くいらっしゃる今のオリガ様にとっては必要なことだと思われますが。いくら上辺だけを取り繕ったところで、見かけだけのオリガ様のご機嫌伺いをしたところで、若の本当のお気持ちを伝えない限りは、オリガ様の信頼は得られないと私は思います」
部下のさらりとした冷たい指摘に、次男は口をつぐむ。
視線を泳がせ、わずかに考える。
「それは、そうだけどさ。こっちだって兄貴たちの動向を探るのに必死なんだよ。オリガもおれのまごころや、愛情はわかってくれていると思うんだけど」
唇を尖らせる。
「若は、それをオリガ様に直接説明しているのですか?」
部下の男はぴしゃりと言い返す。
「若はそうは仰いますが、わかるという理由で若は直接オリガ様と向き合うのを避けておられるのではないですか? 嫌われるのが嫌で、オリガ様と真剣に向き合うのを拒んでおいでではないのですか? お心の弱っている今だからこそ、オリガ様には心からの優しい言葉や態度が必要なのではありませんか? 今大変な時だからこそ、オリガ様に若の現在置かれている苦しい状況を説明する時ではありませんか?」
朗々と語る部下の言葉に、次男は唇を尖らせる。
「それは、そうだけどさ」
次男はまだ不満そうだ。
「若がそんな態度だからこそ、オリガ様も若を避けてみえられるのですよ?」
中年の部下の言葉は容赦がない。
次男は眉を顰め、閉口する。
そんな時、部屋の扉が控えめにノックされる。
間を置かず、若いメイドの声が聞こえる。
「失礼いたします、アレクセイ様。オリガ様がお見えです」
次男と部下の男は黙って顔を見合わせた。




