あなたに出来ること、わたしに出来ること6
「久しぶりだね、義兄さん」
長男の執務室を訪れたのは、財閥総帥に就任する四男だった。
総帥就任式こそまだだったが、来月にお披露目もかねて盛大なパーティーが予定されている。
四男の周りには黒服の男たちが数人取り囲んでいる。
一方の長男の執務室にも、秘書の他に拳銃を腰に下げた部下たちが集まっている。
長男は執務室の机の前で書類から目を離さずに答える。
「何の用だ」
その口調は淡々としている。
長男の声からは何の感情も読み取れない。
鋭い灰色の瞳は書類の字面を追っている。
四男は肩をすくめる。
「何の用だ、とは冷たいなあ。わざわざ義兄さんに会いに来てあげたのに」
嫌味っぽく言う。
長男は書類にサインをして、執務室の傍らに立っている秘書に書類の束を手渡す。
「仕事の邪魔だ。帰れ」
秘書は長男と四男のそばをそそくさと通り抜ける。
一礼して執務室から出て行く。
四男は断りもせずに、机の傍らにある来客用のソファに腰かける。
にやにやと笑っている。
「そういえば、義兄さんはアレクセイの奴を取り逃がしたようだね」
書類に向かっていた長男は、文字を書いていた手を一瞬だけ止める。
「ボク知ってるんだよ? 義兄さんが、アレクセイの奴を目障りで仕方がないことを。あいつを何度も潰そうとしているのに、その度に失敗していることを」
長男はさらさらと文字を書き続けている。
「何が言いたい?」
長男は顔を上げずに問い返す。
四男はソファにもたれかかる。
「別に。ただ義兄さんも、あいつのことであんまり失敗していると、義兄さんの面目が丸つぶれだなあ、と思って」
にやにやと笑っている。
長男は書類から目を離さない。
まるで四男がそこにいないかのように仕事を続けている。
それが気に入らなかったのか、四男はソファで大きく伸びをする。
「あ~あ、つまらないなあ、義兄さんは。からかいがいが無くて嫌になっちゃうよ」
長男はそれさえも無視し続けている。
四男は不機嫌そうに唇を尖らせる。
「義兄さんが何も手を出さないなら、ボクがアレクセイの奴と遊んじゃうよ? それでもいいの? ボクはね、来月の父さんの誕生パーティーとボクの財閥総帥就任式の時に、ボクの権力を使って、あいつを財閥から追放してやろうと思ってるんだよ?」
長男の手が止まる。
それでも書類に目を落としたままだ。
四男は楽しそうに話し続ける。
「もちろん義兄さんが何かしたいなら、ボクは手は出さないでおいてあげるけどさ。義兄さんが何もしないというなら、ボクがあいつを殺してしまうかもしれないけれど、本当にいいの?」
四男は長男に問い掛ける。
長男は淡々とした口調で言う。
「勝手にしろ」
四男は肩をすくめ、ソファから立ち上がる。
「わかった。義兄さんがそう言うなら、ボクは勝手にするよ。ただ、後で文句を言われても、ボクは知らないからね」
四男はぺろりと舌を出して、数人の部下と共に長男の部屋から出て行く。
長男は書類を隅に置き、机の上にある電話に手を伸ばす。
受話器を持ち上げる。
番号を押すと、秘書の女性が出る。
「セルゲイ様、何の御用でしょうか」
長男は灰色の瞳に怒りを宿す。
「黒鷲をこの部屋に呼べ。頼みたいことがある」
長男は彼にしては珍しく怒りを表に出し、押し殺した口調でつぶやいた。




