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姉と弟  作者: 深江 碧
十一章 あなたに出来ること、わたしに出来ること
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あなたに出来ること、わたしに出来ること4

 次男の屋敷に連れて来られてから数日。

 屋敷の者の手厚い看病で、姉の熱もすっかり下がり、体調も良くなった。

 姉に付きっ切りで看病してくれたのは、まだ若いメイドだった。

 名前をマリアと言うそうだ。

 体調が良くなってから、彼女と姉はよく言葉を交わすようになった。

「はじめにこちらの屋敷に運び込まれた時はどうなるかと思いましたが、オリガ様のお体の調子が戻られて良かったです」

 メイドをはじめ屋敷の使用人たちは姉の元気になる様子を見て皆喜んだが、当の姉は胸の奥に暗いわだかまりを抱えていた。

 それでもそのメイドをがっかりさせてはいけないと思い、姉は無理に明るく振る舞った。

「ありがとうございます、マリア。わたしがこうして体調が戻ったのも、すべてはあなたたちの看病があってこそのことです。何とお礼を言えばいいのか、言葉では言い尽くせないほど感謝しております」

 かつて財閥の令嬢であった姉にお礼を言われ、使用人の方が恐縮してしまったのだろう。

「オリガ様にお礼を言われるほどのことは致しておりません。すべてはアレクセイ様のご指示でのことです。お礼ならばアレクセイ様におっしゃって下さい」

 まだ若いメイドはそう言って照れくさそうに笑った。

 姉がベッドから起き上がれるようになると、次男も以前よりも頻繁に姉の部屋を訪ねて来た。

「体調はどうですか、オリガ嬢」

 姉は次男に対してどう接すればわからなかったが、彼に対しての恩義は感じていた。

 笑顔を取り繕う。

「はい、ずいぶんと良くなりました。すべてはアレクセイ様のおかげです。アレクセイ様には何とお礼を言えば良いのか、言葉では言い尽くせないほどです。わたしで何かお礼が出来れば良いのですが」

「気にしないで下さい。あなたが元気になって下さっただけで、おれは満足ですよ」

 そんな次男の言葉を聞いて、目の見えない姉はついつい勘ぐってしまう。

(これは彼の本心からの言葉なのかしら? 本当は心の中では別のことを考えているのではないのかしら)

 不安が姉の胸の内に広がる。

 次男を疑う気持ちが、心の中のわだかまりが大きくなっていく。

「そ、そんなことは、ありません。わたしなど、あなたに助けてもらうほどの価値は」

 体調の戻った姉の心に不安が舞い戻ってくる。

 今の厳しい現実を嫌でも突きつけてくる。

「そんな優しい言葉を掛けてもらう価値はありません」

 目の見えない姉は次の言葉が続かなくなる。

 次男の視線から逃れるように、うつむいてしまう。

 ついつい卑屈になってしまう。

 それを体調が戻っていないと勘違いしたのか、次男が姉のそばから離れる気配がする。

「オリガ嬢、今は体調を回復することに専念して下さい。今のあなたには休息が必要です。何か不自由なことがあれば、使用人に何なりと仰ってください。もし何か不安なことがあれば、すぐにおれに相談して下さいね? おれはいつでもあなたの相談に応じますよ」

 姉への労りの言葉をかけて、次男は部屋から出て行く。

 部屋の扉が静かに閉じられる音を聞いて、ベッドにいる姉は溜息を吐く。

 胸に手を当てて考える。

(どうしてあの人を疑ってしまうのかしら。あの人は、何の利用価値もないわたしを助けてくれたのに。目が見えず、命を狙われているわたしを、命がけで助けてくれたのに。あの人がわたしを利用したいと思うのなら、そうさせておけば良いはずなのに)

 熱が下がってから姉が考えることは、かつて次男にかけられた言葉だった。

「おれはそんな善意だけの男ではありませんよ。以前にあなたに話したと思いますが、兄貴と対抗するためにあなたの協力が必要なんです」

 姉の胸にずっとその言葉が引っかかっている。

 善意や好意だけではなく、彼は彼で何か別の思惑で動いているのではないか。

 事故に遭って視力を失い、追手から命を狙われる姉に、果たして利用価値などあるのだろうか。

(父さんならまだしも、今のわたしに財閥を動かすほどの力があるとは思えないわ)

 姉は次男の胸の内を測りかねていた。

 次男の真意がどこにあるのかわからなかった。

(目の見えないわたしは、厄介な荷物でしかないのに。彼にしてみれば、一緒に命を狙われる危険さえあるのに)

 姉は次男に言われた別の言葉を思い出す。

「親切心だけで動くほど、おれはお人好しではありませんよ。あなたを助けたのは、自分にとって利益があると判断したからです。もしもあなたが自分にとって何の利益もなかったら、恐らくあなたを見殺しにしていたでしょう。何の見返りもなしに命を張るほど、おれの命は軽くないですから」

 あれ以来、次男の言葉が姉の頭から離れない。

 ベッドから起き上がれるようになってからも、ずっと姉の暗い気持ちは晴れなかった。

(どうしてわたしなんかを助けようとするのかしら?)

 体調が回復してからも、鬱々とした気持ちで日々を過ごしていた。




 やがて歩けるようになるほど姉の体調が回復すると、付きっ切りで看病してくれたメイドが訪ねて来た。

「オリガ様、もう床から起き上がれるようになったのですから、気分転換に温室の散策などいかがでしょうか?」

 ベッドから起き上がれるようになったものの、姉は部屋の暖炉のそばで静かに編み物をしていることが多かった。

「この屋敷には、温室があるのですか?」

 姉はメイドに聞き返す。

 メイドは姉が温室に興味を持ってくれたことを喜んでいるようだった。

 弾んだ声で答える。

「はい、この部屋から少し歩いた通路の先にございます。アレクセイ様にオリガ様を部屋から連れ出す許可は既にいただいています。もしオリガ様が良ければご案内いたします」

 部屋の中に閉じこもってばかりいては、気が滅入るとのメイドの配慮からだろう。

 姉は少しの間考え込んでいたが、編んでいた編み棒や毛糸をテーブルの上に置く。

 温室の様子を頭に描く。

「もし構わないのでしたら、案内していただけますか? 温室にどのような植物が植えられているのか、興味があります」

 姉は照れくさそうに微笑む。

 つられてメイドも笑みをこぼす。

「ええ、喜んでご案内いたします」

 メイドは姉の手を取った。

 連れ立って部屋を後にした。

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