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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド3
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バッドエンド3ー2

 風に混じって外から物音が聞こえた様な気がした。

 姉はベッドからのろのろと上半身を起こす。

 周囲の物音に耳を澄ませる。

 外から風の音しか聞こえて来ない。

 他に物音らしい物音は、部屋の暖炉の炎の燃える音だけだった。

(気のせいかしら)

 姉はそう思いながらも、さきほど聞こえた物音がつい気になってしまう。

 熱でうなされたぼんやりとしつつも、じっと耳を凝らしている。

 自分自身の早い鼓動と、荒い息遣いが聞こえる。

 ガラスを揺らす風の音、雪の音が外から聞こえてくる。

 やはり他に物音は聞こえない。

(さっきのは気のせいだったのかしら)

 姉は熱でぼうっとする頭に手を当てて、もう一度眠ろうと考えた時だった。

 窓ガラスをひときわ大きく揺らす音が聞こえる。

 その音に驚いて、姉は息を止める。

(か、風の音? それとも別の何か)

 目の見えない姉は息をつめて、音の原因を探ろうとする。

 窓のガラスが揺れる音、次いで窓が開く音が聞こえてくる。

 外の冷たい風が部屋の中に吹き込んでくる。

 姉の長い黒髪を揺らす。

 布団を手繰り寄せ、体を固くする。

(だ、誰か、人を呼ばないと)

 姉は体を緊張させ、枕元にある使用人を呼ぶ呼び鈴の紐に手を伸ばす。

 紐の先を指でつかむ。

 窓のガラス戸が静かに軋み開かれる音が聞こえる。

 姉が呼び鈴の紐を引こうとした時だった。

「姉さん!」

 不意に懐かしい声が聞こえてきた。

「デニス?」

 姉は自分の耳を疑う。

 その声を聞いて、姉の体から力が抜けていくのがわかる。

 呼び鈴の紐から手を離す。

 目の見えない姉はベッドから声のした方に向かって呼びかける。

「デニス、なの?」

 姉は恐る恐る尋ねる。

 窓のそばからすぐに声が返ってくる。

「そうだよ、姉さん。僕だよ」

 懐かしい弟の声に、姉は感動で胸がいっぱいになる。

 声が詰まる。

 弟と別れてから十日と経っていないだろうか。

 けれどその声はとても懐かしく姉の心に響く。

 まるで何年、何十年と離れていたかのように、とても懐かしい気持ちになる。

「デニス、あなたが無事で良かった」

 姉は喉の奥に何かがつっかえたかのように、上手く言葉が出て来なかった。

「本当に、良かった」

 姉は口元を手で覆い、かろうじてそうつぶやく。

 気を抜くと泣いてしまいそうになる。

 弟は足音も立てずにベッドのそばへと歩いて来る。

 姉の枕元に立つ。

「僕も、姉さんとまたこうして会えるなんて思ってもなかった。姉さんが無事で良かった」

 数日会っていないだけなのに、弟の声はずっと久しく聞いていないかのようだった。

 とても懐かしく感じる。

 姉はひと時、自分の体調が悪く高熱があることをすっかり忘れてしまった。

 体の不調など苦にしなかった。

「デニス、怪我はない? 病気はしていなかった? あれから元気でやっている?」

 ついあれこれと聞いてしまう。

 弟は姉の問いに一つ一つ答えていく。

「うん、僕は怪我も病気もしていないよ。元気でやってるよ」

 姉はそれを聞いてようやく安心する。

「そう、良かった」

 自分の今の境遇など忘れて、明るい笑顔を浮かべる。

 明るい声で応じる。

「わたしね、あなたに会いたかったの。ずっとあなたに会いたかった」

 姉はベッドの上に体を起こし、弟の方に精一杯手を伸ばす。

 体に力を入れようとしたが、思うように力が入らない。

 ベッドの上に起こした姉の体は、手を伸ばした拍子に体勢を崩す。

「あっ」

 姉は上半身を起こし、手を伸ばした姿勢のまま、ベッドから転げ落ちる。

「姉さん!」

 すかさず弟が手を伸ばす。

 床に落ちる寸前で、姉の体を弟が抱き留める。

 代わりに弟は床の絨毯の上に尻餅をつく。

 姉は弟に抱き留められたままの姿勢で謝る。

「ごめんなさい、デニス」

 姉は弟から離れようとしたが、背中に手を回されえる。

 そのまま動けなくなる。

「その、わたしはもう大丈夫よ、デニス。ありがとう」

 だから離して、と言いかけた時、姉の体が強く抱きしめられる。

 耳元で弟の声が聞こえる。

「僕もずっと姉さんに会いたかった。ずっとずっと会いたかったんだ」

 泣き出しそうなその声を聞いて、姉は何も言えなくなる。

 弟と別れて心細かったのは自分だけではなかった。

 彼もまた唯一の家族である姉と別れて心細かったのだ。

 姉は弟に体を預ける。その耳元にささやく。

「わたしもよ、デニス。あなたが生きていてくれて良かった。わたしもあなたにずっと会いたかったわ」

 姉は弟の首に手を回す。

 泣き出しそうな気持ちになりながら、弟をそっと抱きしめる。

 彼の無事を心の底から安堵する。

 ただただ弟の無事を喜んでいる。

 唯一の家族として弟のことを心配している姉の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 姉弟はしばらく間、お互いの無事を喜び合っていた。

 互いの存在を確認し合っていた。


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