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姉と弟  作者: 深江 碧
バッドエンド3
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バッドエンド3

 姉は足首まで雪に埋まりながら、国境近くの林の中を歩いていた。

 辺り一面真っ白で、吹きすさぶ強い風と雪に阻まれて、わずか向こうさえ雪で霞んでいる。

 盲目の姉には風の音と叩きつける雪しか感じられない。

 他には凍てつくような肌を刺す痛みと、感覚がほとんど感じられない体。

 唯一温かさを感じるのは、弟と繋いだ手だけだった。

 手袋の上からでも、繋いだ手の温もりは感じられる。

 弟と一緒にいることがどれほど心強いことか。

 孤独に震えていた姉の心は、それだけで満たされた。

 生きている喜びを実感できた。

 弟は時々立ち止まり、姉のことを心配そうに振り返る。

「姉さん、大丈夫? 寒くはない?」

 その度に姉は精一杯の笑顔で応えるのだった。

「えぇ、わたしは大丈夫よ」

 すると弟は安堵したように姉の手を握り直し、歩き始めるのだった。

 姉は弟に隠していたが、自分の体調が良くないことを自覚していた。

 雪の混じった風の音と、厚いマフラーで口元を覆っていたために弟は気付かなかったが、ずっと咳が止まらなかった。

 頭が割れるように痛く、高熱も続いていた。

 それでも弟に心配をかけまいと、姉は気力だけで歩いていた。

 この吹雪の中休む場所もなく、この悪天候で一日中歩き通しだった。

 健康で頑強な弟であれば大して苦ではなかっただろうが、元々体調の良くなかった姉はさらに体調を悪くしてしまった。

 風邪が悪化し、高熱も下がらず、咳も止まらなくなってしまった。

 それでも弟に心配をかけまいと、気力を振り絞って着いて行った。

「もうすぐ隣国との国境だよ、姉さん。国境を越えれば、伯母さんが迎えに来てくれる手はずなんだ。そうしたらもう大丈夫だよ。何も心配することはないんだ」

 嬉しそうに話す弟に、姉は真実を伝えられなかった。

 自分の体調が悪いことを話すことが出来なかった。

 そもそも無理を押して、弟に着いて行くと言ったのは、姉自身なのだから。

 姉は弟と手に手を取って、伯母のいる隣国へ逃げたことを後悔はしていなかった。

 もしもここで自分の命が尽きたとしても、これは自分の責任だと感じていた。

 決して弟が悪いのではない。

 自分を連れ出した彼が悪いのではない。

 弟に着いて行くとした自分が悪いのだ。

 これは自分の判断なのだから。

 たとえあのまま次男の屋敷に留まっていたとしても、今度は次男に迷惑が掛かってしまう。

 姉としては、無関係の親切にしてくれた次男にこれ以上迷惑を掛けたくなかった。

 両親が事故で亡くなって以来、姉の行く先々では関わった人々にひどい迷惑を掛けてきた。

 もし姉が次男のところに留まれば、彼自身にも再び危険が及ぶかもしれない。

 今度こそ命がないかもしれない。

 自分の命が無くなるのなら、それはまだいい。

 しかし次男の命が危険にさらされるのは耐えられない。

 ならばいっそこのまま弟と、伯母のところに逃げた方が良いのではないか。

 伯母のところであれば、弟の身も安全になる。

 姉も他に迷惑が掛からず気持ちが楽になる。

(きっと、これで良かったのよ)

 そう思いつつも、姉は別れた次男のことを、心の片隅に思い出していた。

 次男の悲しげな声が耳につく。

 ――君はおれといるより、弟君と一緒にいたいと言うのか?

 頭の中で何度も木霊する。

 その度に姉はひどい罪悪感に襲われる。

(ごめんなさい)

 姉は弟に手を引かれながら、逃げて来るまでの間、ずっと次男に心の中で謝罪し続けている。

(ごめんなさい。ごめんなさい、アレクセイ様)

 どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか、その時の姉にはわからない。

(ごめんなさい)

 その気持ちがどこから来るのか、どんな感情なのか、姉には見当もつかない。

 どうして次男の悲しそうな声を思い出すたびに、泣きそうな気持になるのか、こんなに胸が痛くなるのか、その時の姉にはわからなかった。

 その時は、自分は体調が悪いのだと、無理に思い込もうとした。

 実際に、弟は気付かなかったが、姉自身高熱で咳が止まらず、立っているのがやっとだったのだ。

 最早気力だけで体の不調をなだめ、歩いていた。

 何度も意識を失いそうになった。

 体力は限界に達しようとしていた。

 それでも強い意志があったからこそ、ここまで逃げて来られたのだ。

 姉は繋いだ弟の手の温かさを感じながら、次男と別れたつい先日のことを思い出す。

 それは姉がまだ次男の屋敷にいた時のこと。

 時間は、弟と再会する少し前に遡る。


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