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姉と弟  作者: 深江 碧
二章 弟視点
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弟視点5

たとえ、叔父の手から逃れることが出来たとして、その時彼が姉の隣にいるかの保証はない。

たとえ、姉を伯母と引き合わせることが出来たとして、両親を助けられなかった彼を、主人である伯母は決して許さないだろう。

彼は目を閉じる。

目を閉じると、静かな闇が落ちてくる。

――たとえ僕が死んでも、姉さんが生き残ってくれればいい。姉さんさえ生き残ってくれれば、僕がこの家に引き取られた目的は達成されるのだから。

彼は優しい両親や姉とともに過ごした日々を回想した。

彼らと過ごしたのはほんの数年だったけれど、彼にとっては輝くような何ものにも代えがたい日々だった。

 彼は懐かしい日々をかみしめ、うっすらと目を開ける。

 目の前には静かに笑う姉の姿がある。

 姉は彼に向かって手を差し出す。

「ねえ、――。絶対に、二人とも一緒だからね。そろって伯母さんに会うんだからね。約束よ」

 彼は姉の顔と差し出された手を見比べる。

 姉の白い手はきっと誰も傷つけたことのない手だ。

 それに比べて彼の手は、誰かの傷つけて生き残ってきた手だった。

 彼は姉の手を取る。

 力なく笑う。

「あぁ、約束するよ」

 彼は姉の手を握りしめ、泣きそうな顔をする。

「絶対に、二人とも生きて、伯母さんに会うんだ」

 彼は嘘の約束はしなかった。

 伯母さんに会った後、彼が役立たずの烙印を押され、処分されるかもしれないことを口にしなかった。

 これは彼の問題であって、無暗に姉を不安にさせることは避けたかった。

 姉の柔らかい手を握りながら、彼は考える。

 ――優しい姉さん。疑うことを知らない姉さん。姉さんは気付いていないだろうけれど、僕は姉さんのことが好きだった。その明るさが好きだった。共に歩めないとわかっていても、僕にとっては姉さんの優しさが救いだった。こんな僕にも手を差し伸べてくれることが、心配してもらえるのが素直にうれしかったんだ。できることなら、もう少しそばにいたかった。家族として一緒に暮らしたかった。

 心の揺らぎはすぐに消え去り、彼はまた元のような平静さを取り戻す。

 彼は最初に姉に語った言葉を口にする。

「姉さん、一緒に逃げよう」

 姉の手を握りしめる。

 今度は姉も素直にうなずく。

「あなたと一緒なら、どこへでも」

 姉は柔らかに微笑む。

 その清純さは冷涼な草原に咲く白百合のように香り、手の届かないものとして彼を悲しい気持ちにさせた。

 冷涼な高原に生える白百合に触れることは、彼には出来なかった。

 ただただ高貴なものとして、手の届かないものとして、遠くから眺めることしか彼には出来なかったのだ。

 かくして、二人は病院を抜け出し、叔父の手をかいくぐり、国境を目指すことになる。

 その道のりがどのような様子であったか。

二人は伯母と無事に巡り合えたのか。

伯母に出会えた後、彼がどうなったかは、また次回で語るとしよう。




つづく 


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