あなたの本当の気持ちを教えて下さい9
「どういう偶然か、あの時わたしだけが生き残ってしまっただけです。運が良かったのか、ただ単に偶然なのか、それもわかりません。でも結果として、わたしは視力を失い、誰かの世話なしには生活できなくなってしまった。その上、わたしは何者かに命を狙われています。病院から逃げ出す時、追手に追いかけられて、弟はわたしを助けるために銃弾を受けました。その後、ひどい熱が出て、しばらく寝込んでいました。その時は大したことがなかったから良かったものの、少しでも銃弾の位置がずれていれば、弟の命に関わったことでしょう」
いつもよりも饒舌になる。
「わたしはあの時のことを、あなたが助けて下さったのに、逃げ出してしまったことを、あなたに謝らなければなりません。わたしを助けたがために、あなたは追手に追われ、事故に遭ってしまいました。そのせいで、あなたに怪我を負わせてしまいました。これは取り返しのつかないことです。わたしはいくらあなたに謝っても足りないくらいです」
次男は黙って姉の手を取る。
姉の手を自分の頭に持っていき、あの時怪我をした部分に触れさせる。
「あの時の怪我でしたらもう大丈夫ですよ。ほら、完治しています」
「でも、怪我の跡が残ったら」
「髪の下なので跡が残っても目立たないから大丈夫ですよ。出血は多かったですが、傷は浅かった。あなたを助けた時の、名誉の負傷、という奴ですよ」
次男は努めて明るい声で笑う。
「それとも、あなたが怪我の責任を取って、おれと結婚してくれるんですか? それはうれしいことですね。式の日取りはいつにしますか? あなたとおれとの結婚式ならば、きっと盛大なものになるでしょうね」
次男は冗談とも本気ともつかない軽口を叩く。
「わ、わたしは、そういうつもりで言ったのでは」
姉は顔を真っ赤にする。
思わぬ方向に話がいって、うつむいて口ごもる。
「あなたには悪いとは思っています。でも、これ以上、わたしに関わらないで下さい」
姉は暗く思いつめた表情になる。
「わたしはこれ以上、あなたの好意に甘える訳にはいかない。あなたを巻き込みたくないんです」
それは姉の心からの言葉だった。
本気で次男の身を心配していたのだ。
次男もそれは理解している。
だからこうして姉の暗い気持ちを変えようと、彼女を説得しようと言葉を掛けているのだった。
しかしこうして言葉を尽くしても、姉は気持ちを変えようとしない。
あくまでも自分に否定的な気持ちを抱き、次男を遠ざけようとしようとする。
次男は姉の言葉を聞いて、小さく息を吐き出す。
深緑色の瞳をわずかに細める。
口元に笑みを浮かべ、声音を変える。
「好意? あなたは本気で、おれがあなたへの好意だけで動いていると、あなたは思っているのですか? それは大きな思い違いです」
次男は淡々と言う。
姉は次男を振り向き、小首を傾げる。
次男は姉に顔を近付ける。
「おれはそんな善意だけの男ではありませんよ。以前にあなたに話したと思いますが、兄貴と対抗するためにあなたの協力が必要なんです。親切心だけで動くほど、おれはお人好しではありませんよ」
「で、でも、あなたはわたしを助けるために」
姉はなおも言い募ろうとしたが、上手く言葉が出て来ない。
「あなたを助けたのは、自分にとって利益があると判断したからです。もしもあなたが自分にとって何の利益もなかったら、恐らくあなたを見殺しにしていたでしょう。何の見返りもなしに命を張るほど、おれの命は軽くないですから」
姉は心の中で動揺している。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなってしまう。
姉は次男の心の内が計り切れず、混乱している。
「そう、ですか」
姉は落胆とも安堵とも取れない気持ちで、息を吐き出す。
今まで張り詰めていた気持ちがふっつりと途切れる。
体から力が抜け、姉はシートにもたれかかる。
そのまま意識を手放す。
「オリガ嬢、どうされたのですか?」
次男が姉の肩を揺らすと、力の抜けた姉の体がもたれかかってくる。
目を覚ましていれば、絶対にしないことだ。
姉は眠りながら赤い顔で早い呼吸を繰り返している。
「あなたは無理をされすぎです。あなた自身の命もそんなに軽くないはずなのに」
次男はもたれかかる姉の寝顔を見つめている。
赤い顔にかかった黒髪を手でよける。
聞こえないとわかっていながら、姉の耳元にささやく。
「財閥の前総帥であるあなたの父親が出来なかったことを、あなた自身が実現して下さい。親父の仕出かした落とし前をつけ、おれたち異母兄弟の因縁を断ち切り、この腐りきった財閥に変革を起こして下さい」
それは次男の祈りにも近い言葉だった。
次男は姉の手に自分の手を重ね、穏やかに笑った。




