表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉と弟  作者: 深江 碧
十章 あなたの本当の気持ちを教えて下さい
106/228

あなたの本当の気持ちを教えて下さい9

「どういう偶然か、あの時わたしだけが生き残ってしまっただけです。運が良かったのか、ただ単に偶然なのか、それもわかりません。でも結果として、わたしは視力を失い、誰かの世話なしには生活できなくなってしまった。その上、わたしは何者かに命を狙われています。病院から逃げ出す時、追手に追いかけられて、弟はわたしを助けるために銃弾を受けました。その後、ひどい熱が出て、しばらく寝込んでいました。その時は大したことがなかったから良かったものの、少しでも銃弾の位置がずれていれば、弟の命に関わったことでしょう」

 いつもよりも饒舌になる。

「わたしはあの時のことを、あなたが助けて下さったのに、逃げ出してしまったことを、あなたに謝らなければなりません。わたしを助けたがために、あなたは追手に追われ、事故に遭ってしまいました。そのせいで、あなたに怪我を負わせてしまいました。これは取り返しのつかないことです。わたしはいくらあなたに謝っても足りないくらいです」

 次男は黙って姉の手を取る。

 姉の手を自分の頭に持っていき、あの時怪我をした部分に触れさせる。

「あの時の怪我でしたらもう大丈夫ですよ。ほら、完治しています」

「でも、怪我の跡が残ったら」

「髪の下なので跡が残っても目立たないから大丈夫ですよ。出血は多かったですが、傷は浅かった。あなたを助けた時の、名誉の負傷、という奴ですよ」

 次男は努めて明るい声で笑う。

「それとも、あなたが怪我の責任を取って、おれと結婚してくれるんですか? それはうれしいことですね。式の日取りはいつにしますか? あなたとおれとの結婚式ならば、きっと盛大なものになるでしょうね」

 次男は冗談とも本気ともつかない軽口を叩く。

「わ、わたしは、そういうつもりで言ったのでは」

 姉は顔を真っ赤にする。

思わぬ方向に話がいって、うつむいて口ごもる。

「あなたには悪いとは思っています。でも、これ以上、わたしに関わらないで下さい」

 姉は暗く思いつめた表情になる。

「わたしはこれ以上、あなたの好意に甘える訳にはいかない。あなたを巻き込みたくないんです」

 それは姉の心からの言葉だった。

 本気で次男の身を心配していたのだ。

 次男もそれは理解している。

 だからこうして姉の暗い気持ちを変えようと、彼女を説得しようと言葉を掛けているのだった。

 しかしこうして言葉を尽くしても、姉は気持ちを変えようとしない。

 あくまでも自分に否定的な気持ちを抱き、次男を遠ざけようとしようとする。

 次男は姉の言葉を聞いて、小さく息を吐き出す。

 深緑色の瞳をわずかに細める。

 口元に笑みを浮かべ、声音を変える。

「好意? あなたは本気で、おれがあなたへの好意だけで動いていると、あなたは思っているのですか? それは大きな思い違いです」

 次男は淡々と言う。

 姉は次男を振り向き、小首を傾げる。

 次男は姉に顔を近付ける。

「おれはそんな善意だけの男ではありませんよ。以前にあなたに話したと思いますが、兄貴と対抗するためにあなたの協力が必要なんです。親切心だけで動くほど、おれはお人好しではありませんよ」

「で、でも、あなたはわたしを助けるために」

 姉はなおも言い募ろうとしたが、上手く言葉が出て来ない。

「あなたを助けたのは、自分にとって利益があると判断したからです。もしもあなたが自分にとって何の利益もなかったら、恐らくあなたを見殺しにしていたでしょう。何の見返りもなしに命を張るほど、おれの命は軽くないですから」

 姉は心の中で動揺している。

 頭が真っ白になり、何も考えられなくなってしまう。

 姉は次男の心の内が計り切れず、混乱している。

「そう、ですか」

 姉は落胆とも安堵とも取れない気持ちで、息を吐き出す。

 今まで張り詰めていた気持ちがふっつりと途切れる。

 体から力が抜け、姉はシートにもたれかかる。

そのまま意識を手放す。

「オリガ嬢、どうされたのですか?」

次男が姉の肩を揺らすと、力の抜けた姉の体がもたれかかってくる。

 目を覚ましていれば、絶対にしないことだ。

 姉は眠りながら赤い顔で早い呼吸を繰り返している。

「あなたは無理をされすぎです。あなた自身の命もそんなに軽くないはずなのに」

次男はもたれかかる姉の寝顔を見つめている。

 赤い顔にかかった黒髪を手でよける。

 聞こえないとわかっていながら、姉の耳元にささやく。

「財閥の前総帥であるあなたの父親が出来なかったことを、あなた自身が実現して下さい。親父の仕出かした落とし前をつけ、おれたち異母兄弟の因縁を断ち切り、この腐りきった財閥に変革を起こして下さい」

 それは次男の祈りにも近い言葉だった。

 次男は姉の手に自分の手を重ね、穏やかに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ