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姉と弟  作者: 深江 碧
十章 あなたの本当の気持ちを教えて下さい
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あなたの本当の気持ちを教えて下さい4

 三男の屋敷に長男の車が入っていくのを、次男は雪の降りしきる街の酒場から眺めていた。

「フェリックスの屋敷を兄貴が訪れているようだ。これは一足遅かったか?」

 次男は小型の望遠鏡を覗いたまま、傍らにいる中年の部下に話しかける。

「さあ、どうでしょう。弟君のフェリックス様は、以前からセルゲイ様と若との争いごとを嫌っていましたから。セルゲイ様との争いを避けるために、セルゲイ様の側について、オリガ様を引き渡すとしても何ら不思議ではありません」

 部下は淡々と話す。

「そうか」

 次男は言葉を詰まらせる。

 望遠鏡を下す。

「出来ればおれと兄貴とのいざこざに、あいつを巻き込みたくなかった」

 深い溜息を吐く。

 公衆電話でのあの一件以後、次男はその足で部下と一緒に三男の屋敷のそばまでやってきた。

 長男に動きを悟られないよう怪しまれないよう、次男は普段なら絶対に着ないような地味な服に身を包んでいる。

「それで、どうしますか、若。もしもセルゲイ様がオリガ様を捕えようとしているのならば、早急に助ける手立てを考えなければなりません」

「う~ん」

 次男は難しい顔で椅子の背もたれにもたれかかる。

 ぎしぎしと軋んだ音を立てる。

「相手はあの兄貴なんだよな。おれたちがまともに戦って勝てる相手じゃないんだよな。まあ、あの時はお前のおかげで何とかなったけどさ。特に兄貴が前面に出てきたとなると、おれたちに勝機があるかどうか」

 次男は以前、長男の部下たちに来るまで追いかけられ、銃撃戦になった時のことを思い出す。

 あの時は、部下が応援に駆け付けてくれたから何とか追い返すことが出来たが、次も上手くいくとは限らない。

 次男は隣に座る女性を振り返る。

「何か手はないかな、黒蛇さん」

 隣には黒髪の美しい女性が座っている。

 着飾ればさぞかし人目を引くだろう容貌の女性だったが、今は地味な服と化粧でごまかしている。

そのため、この酒場で彼女に目を留める者はほとんどいなかった。

「それは我々が考えることではない。我らの任務はオリガ様の救出、及び護衛。お前がどうなろうと関係ない」

 女性は冷たく言い放つ。

 黒髪の女性の隣に座る金髪の美女が後を続ける。

「そうそう。あたしたちはあくまでもオリガ様の護衛であって、あんたの護衛じゃないもの。あんたがどうなろうと知ったこっちゃないわ。まあせいぜいオリガ様のおまけで助けてあげる、っていう程度よ」

 金髪の女性はころころと笑う。

 次男は苦笑する。

「ははは、おれはおまけ、ね。厳しいこと言うな、白蛇さんも」

 白蛇と呼ばれた金髪の女性は不機嫌に言う。

「当たり前じゃないの。仕事じゃなきゃ誰があんたみたいな軽薄な男」

「白蛇、やめないか」

 黒蛇と呼ばれた黒髪の女性がやんわりとたしなめる。

「仕事に感情を持ち込むべきではない。感情はとっさの判断を鈍らせる。仕事の内容をあれこれ言うのは、仕事が終わってからにするべきだ」

 金髪の女性は隣の黒髪の女性を見る。

「は~い、姉様」

 素直にうなずく。

黒蛇と白蛇、そう呼ばれた二人は、街の大通りで次男に銃を突きつけた女性たちだ。

 組織のボスである姉の伯母が、姉を助けるために次男につけた部下だった。

 次男は二人の会話を聞きながら、雪の降る通りを眺めている。

 長男の車が雪に霞む通りの向こう、三男の屋敷に入ったまま出てくる気配はない。

 次男は女性たちを振り返る。

「さて、と。おれはこれからお姫様の救出に向かうつもりだけど、君たちはどうする? まさか護衛対象がいることをわかっていて、このまま待機って訳でもないだろう?」

 次男の問いに黒蛇がうなずく。

「もちろん。こちらはこちらで動かせてもらう」

「当たり前でしょう。何のためにここまで来たと思ってるの。あんたを案内するためにだけに、ここに来たんじゃないんだからね?」

 白蛇は次男を睨む。

 次男は肩をすくめる。

「はいはい、そうですか。ではこちらも好きにやらせてもらいますよ、っと。そっちはそっちで好きにやってくれよな」

 次男の軽口に白蛇がぴしゃりと言い返す。

「当たり前よ。オリガ様はあたしたちの手で助け出して、ボスのところまで生きて無事に連れて帰るのが任務なんだから」

 次男は白蛇の言葉を聞かずに椅子から立ち上がる。

 女性二人に背を向ける。

 部下の男もその後に続く。

 酒場の料金をカウンターに置き、ふと思い出したように振り返る。

「それで、君たちのボスが電話口で言った、試す、とやらに、おれは合格したのかい?」

 無表情の黒蛇としては珍しくにっこりと笑う。

「それはこの一件が終わってから返答しよう」

 鋭い瞳はそのままに、口元を歪める。

 次男にとっては恐ろしい毒蛇を前にしているような心地だった。

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