人形
読みにくいかも
19XX年○月×日、日本に巨大な台風3号が上陸。建物の倒壊、川の氾濫、土砂崩れ、死者行方不明者含めて約数千人……日本に大きな傷痕を残した台風3号は当時の新聞の一面飾り、世間を賑わしていた。
だが、台風による被害とは別に、恐ろしく不思議な猟奇殺人事件が当時の新聞の一面以外を飾り、世間を賑わしていたのである。
その事件が起きたのはY県S市のとある山奥にある豪邸。
事件の被害者はその豪邸に住んでいた地元の資産家の谷原剛三56歳とその妻侑美枝53歳。そして長男の和孝30歳、次男の清司25歳、長女の桜子20歳、長男の嫁芳子28歳、その娘の晶子6歳と谷原家に住み込みで働いている使用人男女合わせて25人……計31名が屋敷内で死体で発見され……内1名が屋敷から町に繋がる唯一の道の途中で重傷の状態で発見されたが、その1名もまた搬送先の病院で謎の自殺を遂げてしまった。
この事件が発覚したのは○月×日の夜8時頃、台風3号が上陸し始め風雨が強くなり始めた頃に町の警察署に一本の電話が入ったのだ。ここにその通話を記録したテープの内容を書き起こしてみた。
『……はい、こちらS警察署で…………』
『た、助け……助けてくれ!!』
『……ッ!!……どうされました!!』
『急いで助けに来てくれ!!もう何人もアレ(・・)に殺されたんだ!!』
『お、落ち着いて下さい……いったい何がおき……』
『落ち着けるわけないだろ!!いいから早く来てくれ!!助けを呼びに行かしたが間に合うかどうか分からん……だから……だから早く来てくれ!!アレに見つかる前に……殺される前に早くッ!!』
『わ、分かりました……それでは何処に向かえば……』
『谷原の屋敷だ!!川の氾濫が始まる前に助けに気てくれ……早く!!皆が殺される前に…………あのにんぎ……(ガチャッ)ッ!!……やめろ……く、来るな……来るなッ!!……ツ――ツ――ツ――……』
この通話を受けた警官は、電話の相手の様子のただらないものを感じ、数名の同僚と共に屋敷に向かったが時既に遅く川は氾濫しており橋を渡ることが出来ず、屋敷に向かうのは翌朝へと持ち越されたのだった。
そして翌朝、数名の警官が屋敷に向かう途中、橋の近く林に血塗れの使用人の服を着た若い男性が倒れているのを発見。何人の警官が男性はそのまま病院に搬送し、残った警官数名で屋敷に向かうことにした。その後、現場に到着し屋敷の中に突入した警官達は、屋敷の中の惨状に言葉を失ってしまった。屋敷の中には五体満足の死体は無く、屋敷の壁や床には大量の血痕が飛び散り噎せ返るような血の匂いが屋敷中に充満していた。交通事故など悲惨な姿になった死体など見慣れているベテラン警官でさえ気分を悪くし、新人警官は屋敷の外で吐きつづけていた。その後、近隣の町や村、隣の県の警察署に応援を要請し、捜査官100名体制で犯人捜索行った。
当時の捜査関係者達は、台風3号が上陸したあの晩、屋敷と町を繋ぐ唯一の橋は川の氾濫のため渡ることが出来ず、犯人もまた犯行現場か山の中に潜んでいると思われていたため犯人逮捕はすぐだと言われていた。しかし犯人捜索から1週間たち1ヶ月たち、そして捜査から1年もの月日がたったが犯人逮捕には至らなかった。
そして唯一の生存者だった若者に話を聞こうとしたが、若者は錯乱していて人が近づくだけで叫び出し、とても話を聞ける状況ではなかった。そして1ヶ月後……若者は病院の屋上から身を投げ自殺したのだった。しかし若者は自殺を謀る前に『人形に殺される!!』と叫んでいたようだ。
いったいあの嵐の晩何があったのか……そして犯人は何処に消えたのか……若者が自殺する前に叫んだ『人形に殺される!!』という言葉が一体何を意味するのか……これからも我々『秋水ミステリー』がこの事件の謎に迫って行きたいと思う。 (記者・松山愛梨沙)
◇◆◇◆◇◆◇◆
空は一面薄暗い雨雲に覆われ、大粒の雨がこの秋水市に勢い良く降り注いでいた。秋水市の商店街も雨の影響か、道行く人たちも少なく、店も5時の鐘が鳴る前にシャッターが閉まっている店が多い。そんな中も営業しているのは、商店街唯一の喫茶店で、今年創業30周年にもなる商店街でも古株の店だ。だが営業していても店の中はほとんどガラガラで、唯一の客はパラパラと原稿用紙を読んでいる年配老人とそれを緊張した様子で見ている若い女性だけだった。そして老人は最後の原稿用紙を読み終えると掛けていた眼鏡をはずし、机の上に置いてある温くなったコーヒーを一口飲むと、向かいに座っている女性に向かって話始めた。
「……読ませてもらったよ」
「ど、どうでしたか?」
恐る恐る不安そうな顔をしながら感想を聞いてくる女性に、老人は笑顔を浮かべながら女性の質問に答えた。
「ええ……ちゃんと取材もできていて内容もしっかりしている……頑張りましたね愛梨沙さん」
愛梨沙と呼ばれた『秋水ミステリー』の雑誌記者は、老人の口からでた賛辞の言葉で、今まで浮かべていた不安そうな顔を笑顔に一変させた。
「良かった〜! ダメ出しされたらどうしようかと思ってたんです!」
「そんなこと言うわけないじゃないか……あんなに頑張って取材していたし……それに……この事件は儂にとっては……」
「ッ!! す、すみません!! 公平さんには辛いことをムリヤリお話してもらったのににアタシ……」
「いいんだよ愛梨沙さん、儂は気にしておらんよ」
公平と呼ばれた老人は気落ちして頭を下げようとする愛梨沙を止めると人の良い笑顔を浮かべた。
「むしろ感謝しているぐらいだ」
「感謝…………ですか?」
「そうだ……何十年も前の事件を取り上げてくれた…………それだけで十分感謝しているよ」
「い、いや~、あ、アハハハ……」
公平が頭を下げ、それを見ている愛梨沙からは乾いた笑いがこぼし、どうすればいいのかこまっていると、二人の様子を見かねたマスターが、新しく煎れたコーヒーを二人の座っている席まで持ってきた。
「ホ、ホラ! 公平さん! マスターが新しいコーヒーを煎れてくれたんですから飲みましょ!!」
「フム、それもそうだな」
公平が目の前に置かれたコーヒーに口をつけていると、愛梨沙はカウンターに戻ったマスターにアイコンタクトを送ると小さく頷き返していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうだ、公平さん……気になったことがあるんですけど……」
「ん? ……なんだね?」
公平がコーヒーを飲んでいると、向かいの席で同じくコーヒーを飲んでいた愛梨沙が思い出したかのように公平に質問した。
「はい……今回、取材を進めていていく内に考えちゃったんですけど…………なんで外部犯の犯行だと思ったんですか?状況的にはその生存者の若者が犯人かもしれないじゃないですか……もしかしたら谷原氏が起こした無理心中だった可能性もあったのに……なぜですか?」
「……………………」
愛梨沙の発した言葉に、公平の周りの空気を一変させた。その空気を感じたのかカウンターの奥にいたマスターや向かいの席に座っている愛梨沙はその変化を肌で感じ取っていた。
「そう……だな……取材をしていればそう考えるのも無理はない」
「……?……それは一体どういう?」
公平はコーヒーを一口飲み、カップを机の上に置くと重い口を開いた。
「…………当時の事件関係者は儂以外は皆死に、捜査資料も古いからの……」
「でも! 事件資料は編集長のコネで見せて貰いましたし、当時の新聞も現存するものは一つ残らず調べました!だから当時の関係者のあなたに原稿を見てもらって……」
「ああ、ちゃんと調べてあったな……一部の資料でこれだけまとめられるのは君の手腕の素晴らしさが分かるよ」
「じゃあ!なんで…………待って下さい……一部の資料ってどういうことですか……まさか他にも資料があるんですか!!」
公平の言葉を聞いた愛梨沙は、身を乗り出し詰め寄ったが公平は愛梨沙を片手で制し席に座るよう促し、愛梨沙が座ったのを確認するとゆっくりと喋りだした……。
「……君が調べた資料はほんの一部に過ぎないのは確かだ…………あの事件はとにかく全てが異常だった」
「異常…………ですか」
「君が言う通り当時は唯一生き残った生存者の若者が犯人として疑われていた……当然儂もな」
「だったら……」
「だが被害者たちの内、数名が犯人に抵抗したと思われる痕跡があってな……特に屋敷の主人である谷原剛三氏は猟銃を犯人に向かって全弾撃ったんじゃろう……弾倉に弾は残っておらず、壁に一発の銃弾がめり込んでおったが……残りの銃弾もある場所で見つかった……」
「もしかして……その生存者じゃ……」
公平の話を聞いていた愛梨沙は、やっぱり自分の考えは正しかったんじゃないかと言った感じの顔をしていたが、公平は小さく頭を横に振ると続きを喋り出した。
「いや、生存者の体からは銃弾は一つは見つからなかった」
「じゃあ、一体どこから?」
「……………………人形だよ…………」
「……人形……ですか……?……」
公平の口から出てきた言葉に不思議そうな顔をする愛梨沙。そんな愛梨沙の様子も気にも留めず公平は喋り続けていた。
「剛三氏は地元では有名な収集家でな……事件の数週間前かの……ある人形を手に入れていた」
「それがはどんな人形だったんですか?」
「何百年も前にいた有名な人形師が作った等身大の機巧人形でな…………まるで本物の人形みたいで気味が悪かったのを覚えているよ……」
「じゃあ、その人形に弾が……」
「ああ……弾が見つかっての……なぜ剛三氏は人形に銃を撃ったのかは分からんかった……そしてもう一つ、その人形にはあるものがあった……それこそが秘匿された資料の中身だよ」
「それは一体、どんなものだったんですか…………」
愛梨沙はその先の話を続きを聞こうとしたが、一息つくようにコーヒーに口をつけている公平を見て、彼が喋り出すのを今か今かと待っていた。
「屋敷に在った全ての遺体にはある共通点として体の一部が無くなっていた」
公平の口から出てきた言葉は、先ほどの話しの続きではなかった。話の続きを聞きたい愛梨沙は不満そうな顔をしていたが、公平が話す内容に段々とその顔には真剣さが宿ってきた。
「遺体は全て一つの例外を除いては心臓が抉り取られ……遺体の近くに打ち捨てられていた……」
「ッ!!」
公平の口から出てきた事実に、顔をしかめてしまった愛梨沙だったが……新人とはいえそこは記者、しかめていた顔をすぐさま元に戻し、話しの中で疑問に思ったこと質問していた。
「あの……その一つの例外というのは?」
「剛三氏の遺体と人形だよ」
「剛三氏と…………人形……ですか」
「ああ……実はなその人形には一つの特徴があってな……胸の心臓部分にポッカリ穴が開いておった」
「穴が……」
「そして、剛三氏の心臓だけその人形の胸の穴に組み込まれていたんじゃ」
「ッ!!」
そして話しを終えた公平は言葉のない様子の愛梨沙を尻目に、完全に冷めてしまったコーヒーを片手に喫茶店のショーウィンドから見える外の風景を眺めながら再び口を開いた。
「あの晩……一体何があったのか……今でも分からんが、この年になっても忘れられないんだよ……恐怖と苦悶の表情に彩られた被害者たちの顔が……幾つもの心臓が打ち捨てられた血塗れの屋敷の廊下……全身血だらけになっていたあの人形が…………どうしても……忘れられないんだよ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
公平たちが話している頃、秋水市にある一件の豪邸に一台の運送トラック出てきた。そのトラックの運転席には四十手前といった風貌の男と、隣りの助手席には二十代の青年が話しこんでいるようだ。
「いや~でもさっきの人形はホント不気味でしたよね~」
「確かにな、心臓に穴の空いた人形なんて……変な趣味してるよなあの爺さん」
そうっすねえ、と車内は二人の笑いに包まれながら、トラックは次の配達先へと向かっていった。
そして翌日、二人が荷物を運んだ屋敷の主人とその家族が殺されたというのがニュースで流れた。警察は遺体や現場の状況は報道しなかったが、全ての遺体は体の一部が……|心臓が抉り取られていたようだ(・・・・・・・・・・・・・)。
そして、現場から犯行前日に運び込まれたと思われる人形が無くなっているようだ。警察は物盗りの犯行と想定し、現場の聞き込みを行った結果、犯行当夜現場の近所に住む人が不審な人影と「キリキリ、キシキシ」といった何か軋む音を聞いたと証言がいくつも浮上した。
この事件を皮切りに、秋水市全域で心臓が抉り取られて殺されるといった連続猟奇殺人事件の始まりだと……この時はまだ誰も知るよしはなかった…………。
面白いと思って貰えれば、書いたプロローグの本編を書きたいと思います。