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#26 ◆Walpurgisnacht Party phase1: 招待客の話

 ワルプルギスの夜。

 それは、世界を絶望させた魔女の名前――ではなく、五月祭、メイフェアの前夜である4月30日の夜を差します。

 死者と生者の境界線が曖昧になるこの日、この夜。魔女や悪魔によって儀式や宴が催され、太陽の光とともに死者が追い払われて五月祭を迎えるのです。


――歩くインターネット「ゆずちー」より抜粋


 西洋圏の文化なのであたし達日本人には馴染みがなさすぎますけど、とにかく今から溺れる夜が始まるということでいいのではないでしょうか?

 目の前のテーブルの上には様々な料理が並べられています! この料理とジュースで溺れろということじゃないでしょうか!


「この鶏肉美味しい」

「あ、それはハーブチキンです」

「ところでワルプルギスってなんだ? ハーブなのか? それになぜ夜なんだ? 昼や朝じゃダメなのか?」

「幽霊は夜に出るのが基本なんだよっ!」

「確かに朝っぱらからゴースト徘徊という話は聞かないよな」

「テレビつけてもいいですかゆずちー!」

「はい」

「この時間なら心霊現象特集やっているはずです!」


 テレビのリモコンを片手にちょっとだけ見てきた新聞のテレビ欄を思い出す。他には子供向けアニメとかあったような気がします。


「えっ!? それはダメです! もしかしたら何かに憑かれてしまうかもしれません!」

「ゆずちー! 幽霊が怖いのかな、かなっ!」

「いえ、そのっ……!」

「ワルプルギスの夜だしな。きっと幽霊はパワーアップしてるぞ。もしも番組が生放送だったら関係者が次々と原因不明の急死だ!」

「くーちゃん! 心霊現象はやめましょう! ビックリ人間100連発にしましょう!」

「それにしましょうみっちゃん! いいですよねくーちゃん!!」

「私は別に何でも良いぞ。だがワルプルギス、お前の正体だけは気になる!!」

「きっと魔女の名前です!」

「そうか。そいつが幽霊をこの世に呼び出した日が今日ってことか」

「つまり今日はお盆みたいなものだねっ!」

「ワルプルギスダンスを踊るんだみっちゃん!」


 盆踊りすらよく分からないあたしにダンスなんて無理です! ラジオ体操で勘弁してください!


「私はつっこむべきなのでしょうか。それともしょうもない雑談であると認識して無視した方がいいのでしょうか?」

「詳しい解説はいりません! ゆずちーの知識が炸裂して1時間くらいの授業になってしまうかもしれません!」

「さすがにそこまで詳しくは知りません……。むしろ知っていることの方が少ないくらいです」

「2人ともテレビを見ろ! バイクでビルからビルに飛び移ってるぞ!!」


 おおっ! ああ言うのたまに見ます! 本当にやってるのかやらせなのか分かりませんけどワクワクしますねっ!


「でもそんなことよりもゆずちーがさっきから甘い物ばっかりを狙っている気がします」


 いちご、パイン、メロンとカットフルーツを次々ぐさぐさ串刺しにしていくゆずちー。フルーツ達の痛みが伝わってくるようでフォークが怖くなります。きっとフォークは槍から生まれたカトラリーに違いありません!


「そんなにフルーツばっかり食べて、明日の体重は大丈夫か?」

「今日は無礼講ですっ! 放っておいてください!!」

「ビックリ人間ナンバー11、フルーツ食べすぎても太らない少女。その名はゆずちーです!」

「いや、残念だがゆずちーは太る」

「じゃあ、太りすぎてビックリします」

「それなら、あるか」

「……あんまりそういうこと言うと私泣きますからね!!」

「ゆずちー、辛いモノを食べると太り難いそうです! どうですかこのエビチリ!」

「いや、ここはヘルシーなキムチだろう。野菜はいいものだぞ」

「後で食べますから放っておいてください……」


 ここで恋愛ネタを放り込んだ場合追い討ちになるんですね、分かります! だからそれだけはやめましょう!


「ところでみっちゃん、今更なんだがその格好はなんだ? 予想はできるんだが……海深さん大喜びじゃないのかそれは」


 あたしの格好はメイドです! お姉ちゃんがなぜか持っていたあたしサイズのメイド服です! お姉ちゃんが持っていた点は全力でスルーするのがいいと思いました!


「ネコミミのカチューシャがずれてるぞ」

「くーちゃんだって変な格好してるよねっ!」

「いいだろう、ドラキュラの衣装だぞ。兄貴が昔演劇で使ったやつを発見したんだ。こんな薔薇みたいなのよく残ってたなあ」


 胸の辺りにくっついている赤い薔薇飾りを弄くっているくーちゃん。


「だからくーちゃんだけトマトジュース?」

「嫌いじゃないが好きでもないんだぞ。だがゆずちーママが吸血鬼なら飲むべきだ、飲まないのなら以下略という脅迫をしてきてだな……」

「ふーん。マント暑そうだね。そして、全然似合ってないよくーちゃん!」

「よし、みっちゃんの血を吸ってやろう。その首筋を晒すといい!」


 みっちゃんと呼ばれていた少女は脱兎の如く逃げ出しました。でも捕まって腕を噛みつかれてしまったそうです。


「今からみっちゃんは私の眷属になった」

「なんだってー!!」

「そこのメイド、私のお皿にサラダをもってくれたまえ」

「ははー、仰せのままに」

「そしたら次は、私の肩を揉みたまえ」

「ははー、仰せのままに」


 ぎゅーっと力を入れてあげたらもう1回噛み付かれました! あたしは何も悪い事してないのに!!


「ドラキュリーナはいいとして、ゆずちーは魔法少女の格好をするんじゃなかったんですか!! がっかりだよっ!」

「そ、そんな約束していません……! そもそもそのコスプレじゃ意味が……」

「そりゃそうか。魔法少女は普段着だもんな」

「違いますっ!!!」


 でも魔法少女の方がマシかもしれない、とさっき呟いていたのをあたしは聞いてしまっています!


「まあだが、ゆずちーママにいじくられた感じはするよなぁ」

「黒くてふりふりのついたドレス」

「あんまり、指摘しないでください……」


 それだけじゃなくて牛みたいな赤い角。あれは何を示しているんでしょうか!?


「ゴスロリっていうんだぞみっちゃん。知ってたか?」

「知ってます。見たことはありますから! でも角は?」

「だよな、当然見たことあるよな。角はあれだろ。ワンポイント」

「インパクトのあるワンポイントだけどゆずちーにはまるで似合ってません!」

「言わないで下さい! 自覚はしているんですから!!」


 ワルプルギスの夜、それはあたし達にとってはただのコスプレパーティでした。ゆずちーママはなぜか巫女っぽい和の衣装と狐の耳と尻尾を身につけていて明らかに西洋圏に喧嘩を売っています!!


「さあゆずちー、マジックオアトリートと言うんです!」

「なんですかそれは……」

「トリックオアトリートのワルプル版だよ!」

「お菓子をくれなきゃ魔法ぶっ放すぞ……だと、ヤバイすぎるだろこれは!! みっちゃんがお菓子を忘れていたらゆずちーのスーパーフレアで消し炭に!!」

「とりあえず、マジックオアトリート……」

「ふっふっふ、こんなこともあろうかとちゃーんとお菓子は用意してきてるんだよね!」


 じゃーんと、ゆずちーに手作りのチョコレートマフィンを手渡しました。ハロウィンの時にお菓子を貰ったお返しです!


「はい、ありがとうございます。えーと、これは手作り、ですか?」

「最近のあたしはお菓子作りに目覚めたんだよ! 将来は駄菓子屋さんだねっ!」

「いやいや、待ちたまえよ。駄菓子は老後の楽しみでいいだろ。何か職につくなら他のものを目指した方が建設的だ」

「そもそも駄菓子って手作りできるのでしょうか?」

「まるで作り方が想像できません!」


 あのラーメンのやつとか! ヨーグルトもどきのやつとか! たとえケーキが作れる技量があっても届かない領域のお菓子っていうのはあるんだね……!


「そもそもだ。一人で作ったわけじゃないんだろうそれ」

「な、なんのことかな……」

「それは露骨すぎるだろ。たとえ嘘でも一人で作ったと言えればよかったのに」

「ばれてしまっては仕方ありません! アシスタントにお姉ちゃんがついてくれました!」


 ウルトラ級なあたしでもマフィンクラスのお菓子はレベルが高すぎました! インターネットで手に入れたレシピを元に試行錯誤した結果がこれなんだよね! しかしあたしは現状に甘んじるわけじゃありません! 5年後にはレシピなしで作れるどころか、自己流カスタマイズだって施せているはず! 未来のあたしの成長っぷりが目に浮かびますね!


「正直に言うんだみっちゃん! 本当はみっちゃんがアシスタントだったと!!」

「そんなことはなかったと思うんだよね! 本当だよ! お姉ちゃんに聞いてもいいです!」

「海深さんに聞いてもみっちゃんに有利なことしか言わないだろ! ちぃっ、真実は闇の中か」

「そんなことよりもくーちゃんはどうなんですか! スーパーフレアの刑ですか!」

「さあ、ゆずちー私にもあのセリフを!」

「マジックオアトリート」


 そのセリフもいたについてきたねっ! 来年からもよろしく頼むよゆずちー!


「私からはこれだ! 見て驚くがいい。なんと私の手作りクッキーである!」

「黒コゲクッキーと聞いて!」

「ありがとうございます。まさかくーちゃんまで手作りなんて」

「いくらなんでも黒コゲをゆずちーに渡すわけないだろ。気持ちが篭っていようが愛があろうが、さすがにそれは嫌がらせだと思うぞ」

「トリックオアマジック……」

「……!?」


――選択の時だ。さあ、選ぶが良い。悪戯か魔法か。


 ゆずちーがとんでもないことを呟きました!! そんなにくーちゃんのクッキーが気に入らなかったのでしょうか!!


「あ、いえ、なんでもありません!! ただ言ってみただけですから!!」

「ところでなんで今年はコスプレパーティになってるの? ゆずちーの趣味?」

「……違います。お母さんの趣味です。ということにしておいてください」

「くーちゃんは気付いているんでしょうか。このコプスレ会場に人間がいないってことに!!」


 あたしは猫、くーちゃんはヴァンパイア、ゆずちーは悪魔?、ゆずちーママは狐。うん、見事に人間がいません!


「まさかみっちゃんまで気付いていたなんてな。なるほど、ゆずちーママはこうやって本場の宴に近いことをやりたかったわけだな!」

「えっと、まあ……そんな感じなんでしょう。お母さんの思惑はよくわかりません」

「あたしはいいと思います! こういう機会じゃないと絶対にメイド服なんてきませんから!」

「そのまま海深さんのメイドになってもいいんだぞ」

「だが、断る! 断固拒否でござる! あたしはご主人様になりたいです!」

「みっちゃん……海深さんにそんなこと言ったら本当に海深さんがメイドになってしまうかもしれません」

「今のは聞かなかったことにしてください」


 お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんのままでいいんです!!


「なんにせよ楽しければそれでいいと思います!」

「ゆずちー、次からコスプレパーティするならもっと人を集めないか? ポンとか海深さんとかも呼んでさ」

「いえ、その……ちょっと恥ずかしいので。できればもうコスプレは……」

「あたしは意外と楽しめてるよ! みんな普段じゃ見れない格好してて楽しいです!」

「恥ずかしいのはなにもゆずちーだけじゃないぞ。でもこういうふうにハメを外すのも悪くないと思う」

「……お2人がそこまで言うのであれば検討してみます」

「さーて、仕切り直しだ! アルコールはまだかー!」

「だ、ダメですよお酒はっ!」


 あたし達のワルプルギスの夜は特にこれといって事件が起こることもなく平和に過ぎ去っていきました! みんな、5月からもよろしく!!

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