#22 ◆バレンタインの話
「さて、そろそろチョコの日である。君たち準備はいいかね?」
一番興味なさそうなくーちゃんがバレンタインな発言を最初にするなんて! 天変地異の前触れだよっ! バレンタインデーの基盤が揺らぐ大事件。チョコレート消失事件の前触れだよっ!
「みっちゃん、君はまたおかしなことを考えてるんじゃないのか?」
「チョコっとだけお菓子のことを考えてたんですよ!」
「そういうのはいらないぞ。ゆずちーは?」
「あ、えっと……私はですね、その」
「いや、いい。聞かなくても分かるぞ。すでに準備万端、チョコ渡して告白の準備はばっちりと」
「あうぅぅぅ……」
ゆずちーが真っ赤になって、うつむいてしまいました。もう新しい相手をみつけたんですかっ! さすがゆずちー、失恋マスターですねっ! おっと、今のはオフレコで頼むよ君達。
「それでくーちゃん! ゆずちーの告白は成功すると思いますかっ!?」
「ん? そりゃ、みっちゃん。ゆずちーの連敗っぷりを思い出すんだ!」
校庭で告白して玉砕、ラブレター書いて玉砕、文化祭のイベントで告白して玉砕。これは酷い!
「酷いですくーちゃん!!」
「あたしは今回成功するんじゃないかと思ってます!」
「えっ、みっちゃん……」
「で、そのこころは?」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うし!」
「二人とも酷すぎますっ!!」
ゆずちー大激怒。これはもしかしてゆずちーから友チョコも本命チョコも義理チョコももらえないフラグというやつでしょうか!? そんなっ!? あたしのチョコレート計画が!!
「ゆずちーに男ができるのなんて反対だ!」
「くーちゃんそれはゆずちーいじめですかっ! 幸せの追求は誰にでも許された権利!」
「違うぞみっちゃん。ゆずちーに男なんてできてみろっ! ゆずちーは私達ともう遊んでくれなくなるぞっ! 女の友情なんて男ができた瞬間崩れ落ちる砂の山みたいなもんだ!」
な、なんですと……! そういえばそういう話をテレビで見たことあるよっ! ゆずちーもああなるのっ!? だめええええええええええ!!
「ゆずちぃぃぃぃぃーっ! あたし達のことを見捨てないでください!」
「みっ、見捨てませんからっ!」
「うそだっ! 一緒に帰ろうって誘ったら、彼の部活が終わるまで待つとか言い出すんだろ、どうせそうんだろうゆずちぃぃぃー!!」
「えっと、それは、その……」
言葉に詰まる、ということはやっぱりぃぃぃぃ!!
「ゆずちー、友情は大切にしないとダメなんだよっ! 恋愛は不発弾! 恋愛はギャンブル! 外れたらとんでもなく痛いんですからねっ!」
「分かりました! 分かりましたからお2人とも落ち着いてください! みっちゃんにもくーちゃんにもチョコをあげますから!!」
てなことがあったのが数日前。そして今日、
「海々ちゃん、一緒にチョコレートを作りましょう」
とのことなので、お姉ちゃんと一緒にチョコ作りです! 材料は用意しておきました!
「まずは湯煎なる作業を行う必要があるそうです。チョコを鍋に入れて加熱すればいいのでしょうか?」
「お姉ちゃん、それはチョコレートが焦げると思いますっ!! 溶かすのにはお湯を使うんです! ですからまずはこのチョコレートを包丁で細かく刻んでください!」
「包丁で刻めばいいんですね。分かりました」
お姉ちゃんが黒いチョコを刻んでいる間にあたしは白いチョコを刻みました。今年のバレンタインチョコは白黒二段重ねがいいと思うんですっ! ゆずちーにはシロクロつけてもらわないといけません!
「海々ちゃん刻んだチョコレートはボウルに入れておけばいいですか?」
「勿論! そしたらお姉ちゃんは氷水を用意してください」
「氷水ですか? お湯を沸かさなくてもいいのでしょうか?」
「そこはあたしがやります! いえ、あたしがやりたいんですっ!」
「分かりました海々ちゃん」
くーちゃんも今のお姉ちゃんみたいにあたしの指示に忠実ならいいのに!
あたしのホワイトちゃんもまな板からボウルへ移動。水の入った鍋2つに火をかけ、温めます。
「用意できましたよ海々ちゃん」
「お姉ちゃんはしばらく待機しててください」
お湯がある程度温まってきたところで火を止め、
「今ですお姉ちゃん!」
姉妹揃ってチョコレートの入ったボウルを別々の鍋にいれて、ヘラでかき混ぜる。どんどんチョコレートが液状化していって面白いですね! ついでに刻んだナッツも入れておきます!このナッツが後々の食感に素晴らしい影響を与えるのです! 偉そうな人はそう言いました! テレビで!
「チョコレートを混ぜながら冷やします」
「そのための氷水ですか、分かりました」
チョコの入ったボウル2つを氷水の入った別の鍋にいれて、まぜまぜ。
「今です! 再び湯煎!」
「えっ!? あ、これがテンパリングという作業ですか」
「テンパリングってなーに?」
「えっ!? 海々ちゃん……テンパリングを知らないのに……?」
「この作り方はずっと前にテレビという教科書に教えてもらいました! だからずっと試してみたかったんだよねっ!」
適当に湯煎して完了!
ハートの型に白いチョコ、黒いチョコの順番で流し込む。後は冷やせばOKだよねっ! チョコの完成を待っている間にお姉ちゃんがインターネットでチョコの作り方を調べています。
順番が逆ではないでしょうか、お姉ちゃん!
「海々ちゃん、温度調整が適当すぎたので恐らくテンパリングは失敗しています。後でまた作り直した方がいいでしょう」
「さっきから耳にするテンパリングとは一体なんでしょうか!?」
「チョコレートの温度調整によるココアバターのバランス調整、ようするに見た目や口どけをよくする調整のことです」
と、お姉ちゃんは言ってましたが、完成したチョコは別にどこにも問題があるようには見えません! むしろ市販のチョコよりもいい出来栄えで美味しいです! もぐもぐ。
「……おかしいですね。写真と見比べても、失敗しているチョコレートのそれではありません。あの適当なうろ覚え的な作り方で成功した、ということでしょうか?」
腕を組んで首をかしげているお姉ちゃんがちょっと子供っぽくてかわいいですね! ゆずちーはともかくくーちゃんはお姉ちゃんを見習って、大人にも子供にもなれる女性になってほしいものです!
ちなみに材料がまだまだ余っていたのでもう1回作ってみましたが、普通に成功したと思われます。
「海々ちゃんはこういったセンスが優れているのかもしれませんね。私ももう少し練習して、当日海々ちゃんに……」
「全身をチョコレートでコーティングして、私を食べてーとかはなしの方向でお願いします」
「……そうですか、それは残念」
言っておいてよかったです! バレンタインがいきなり悲劇にならなくてよかったです!!
そしてバレンタインデー当日。
なんだか空気が浮ついてますね。そわそわしている男子が多い気がします。当てがなかったとしてももしかしたら貰えるのではないか、という変な期待が高まっているのかもしれません。
男子の中にはホワイトデーのお返しが面倒だから貰えない方がいいとかカッコつけてる人もいるのかもしれませんが、あたしは貰えた方がいいと思います!
「いくぞ、みっちゃん! チョコレートの貯蔵は十分かっ!」
「大丈夫だよ! くーちゃんのもゆずちーのもポンちゃんのも全部用意してあるから!」
「よろしい。後で私の友チョコもみっちゃんにくれてやろう」
「くーちゃんが百合チョコをくれると聞いて」
「やっぱりゆずちーにだけあげよう」
「嘘です、ごめんなさい! ギブミーチョコレート!!」
そしてゆずちーに突撃。
「トリックオアトリート!」
「えっ!? みっちゃん、それはハロウィンです……。はい、どうぞ」
ゆずちーから綺麗に包装されたチョコレートを頂きました! やったね!
「これはあたしからです! ありがたく受け取りたまえ」
「こっちは私からだ。で、ゆずちー、本命はもう渡したのか?」
「えーと、その……放課後までにはなんとか、と思っています」
「そんなじゃダメだよゆずちー! 告白に必要なのは勢いだよっ! チョコレートも愛も当たって砕ける勢いが必要なんですよっ!」
「砕けてるじゃないですかぁっ!!」
両肩をつかまれてガクガク揺らされました! ゆずちーとは思えないパワフルな行動であたしの至高は一旦停止ですよっ!
「しかしゆずちー。わりとマジな話、早く告白しないと別の女子にとられる可能性はあるんじゃないのか?」
「……ッ!?」
「今日は1年に1回だけある告白のための日みたいなものだしねえ。ゆずちー、応援してるから行ってくるんです! さあ、さあ!!」
「後悔してからじゃ遅いぞ! 行くんだゆずちー!!」
「わ、分かりました……。それでは勇気を出してきます」
戦場へと赴くゆずちーを見送っていたら、くーちゃんがあたしのチョコを袋から取り出してまじまじと見つめていました。
「手作り……だと!」
「お姉ちゃんに手伝ってもらいました!」
「だよなー。みっちゃん1人でこんな二層のチョコを作れるわけないよな」
「くーちゃんのは市販のチョコみたいですね」
「私に手作りは無理だと判断した。兄貴は、まあ、どうだろう?」
「ゆずちーのチョコレートはっと……」
あたしもくーちゃんもハート型の量産型です!
「しっかし、さすがはゆずちーというか、なんて残念なんだゆずちーというべきか」
「あたしのハートはパックリ割れてますっ!」
「本命が無事であることを祈るか……」
その後ゆずちーがどうなったのかはご想像にお任せします。
「くーちゃんは恋愛に興味ないの?」
「私はゆずちーほど男子に興味はないかな。みっちゃんだって似たようなものだろ」
「高校生にでもなれば変わると思うんですよっ!」
「命短し恋せよ乙女ってか」
「昔は昔、今は今だよね」
「だな。私達は私達のペースでいいんだよ」
それからチョコレートに塗れていたポンちゃんをさらにあたしのシロクロハートチョコで染め上げたりしました。そして学校も終わって家に帰ったら、ザッハトルテにココアにチョコレートアイスに手作りチョコにとチョコレート祭りが開催されていました。おおう……今年は量でせめてきましたかお姉ちゃん!! 絶対に学校サボって帰ってきましたねっ!?
「海々ちゃん! 私の気持ちを受け取ってください!」
「……そうですね、チョコっとだけなら」
恋愛とは違いますけど、あたしはちゃんと愛されてます! 大人になるまではこれでいいと思うんです! お姉ちゃんについては大人になってから考えましょう! 大人のあたしへ丸投げして今の幸せと量が多すぎる苦しみを謳歌しますっ!
準備はよさそうですねチョコレート君! あたしもバッチリだよ! 今年もまたお姉ちゃん(チョコ)との戦いの火蓋はきられたのです!!




