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#11 砂糖が消えた日の話

 昼休み教室にて、あたしは魂の叫びを上げた。


「もうやだっ! 砂糖を所望する!!」


 その日、世界から甘さという女子学生にとって学よりも大切なものが消えた。

 あらゆるスイーツがその意味を喪失し、あらゆる食べ物が塩辛い日がやってきた。


「そもそもその砂糖ってどんな物質なんだよ? 甘いとか言われても、そんな味私は知らないし……」

「どうしてこうなってる!? 夢だよねっ!? 甘みがっ、雪花堂のスイーツが!? アイスが、ゼリーがああああ!!」


 『甘い』を説明しろって言われてもあたしには甘いとしか言えません!! 塩辛いの反対の味だよっ! 苦いの逆転現象だよっ! って言ってもくーちゃんはちんぷんかんぷんだったし!


 何が起こったのか誰か説明してよおおおおおおお!!

 朝起きたら甘み成分が! 砂糖が! 果糖が! 合成甘味料が! 全部なくなってたんですよねっ!! ありえませんよねっ!! 女の子に死ねって言ってるのと同義じゃないですかああああああ!!


「こうなれば、あたしがこの狂った世界を修正するしかない!!」

「何のアニメの影響を受けたんだ? プリチーゆずちーか?」


 ゆずちーがピクッと肩を震わせるも、すぐにぎこちない笑みを浮かべて「はあ」と大きなため息をついていた。


「ダイエットしようなんて思わなければよかったです……」

「ゆずちー、中学生は成長期だぞ。若いうちからのダイエットは絶対に発育とかに影響してくるからやめるべきだ!」

「そうですよね……。なくなって、初めて気付く、大切さ。ってありますよね」

「ゆずちーは一体何をなくしたの? わき腹のことじゃないのはあたしにも分かるけど……。無理しすぎて命を削ったとかですかああああ!?」

「ある意味……命の源を削っちゃったかも。砂糖の甘みにだけ干渉するつもりだったのに範囲指定がうまくいかなくてごちゃごちゃになっちゃいましたし……」


 ゆずちーの中でダムが決壊したらしく、ゆずちーは布団に顔を埋めてえぐえぐと泣き出しました。


「くーちゃんの心無い一言がゆずちーを傷つけたんじゃないかとあたしは思う」

「ごめんゆずちー……私ゆずちーの真剣さを分かってなかった。でもさ、ゆずちー。私が言ったこと、間違ってるとは思ってないから!」


 キャンディが欲しい、チョコレートが欲しい、練乳なめたい、桃をかじりたい!!

 この世界にあたしが思うようなものはありません。塩味のキャンディ、ブラックなチョコレート、練乳の名を冠する謎の白い物体、瑞々しいだけの桃。これは酷い! こんなものは全部ニセモノだ!!!

 ホンモノをいっぱい食べたら太るかもしれません。でも、一生食べられなくなるくらいだったらあたしはおデブになる道を選びたいと思う!


 ちなみにどうやら消えたのは砂糖のような味覚的な甘さだけじゃないみたいです。なんでも女子には何かと甘かった某教師が急にスパルタになったとかいう話を聞きました。そういえば今日のお姉ちゃんはあれこれちゃんと食べなさいと朝から言っていたような気がします。いつもなら嫌いなものは食べなくてもお姉ちゃんが食べてあげます的なことを言ってるのに。


「みっちゃんは……」

「ゆずちー……?」


 お早い復活ですね。


「抵抗値が凄く高いんですね。だから改変が行われても正しい自我を保っていられると」

「くーちゃん、ゆずちーの言っていることを翻訳して」

「多分日本語喋ってるぞ。だから翻訳じゃなくて、解読なんじゃないだろうか?」

「日本語って難しいね……。もしかして英語ってシンプルな言語だったりするの?」

「みっちゃん、くーちゃん……What do you think of magic?」

「くーちゃん、ゆずちーの言っていることを解読して!!」

「今のは間違いなく英語だ! 意味はわからん!!」

「はあ……。なんとかしましょう」

「ゆずちー! 悩んでることがあるのなら相談に乗りますよっ! 今のあたしはなんだかんだでピンチだけど、それでも友達を見捨てるなんてしないからねっ!」


 ゆずちーはたまーに今みたいに一人で泣いたり悩んでいることがあるけど、それじゃあ駄目なんだだよっ! 友達は利用するくらいの気持ちで頼りまくってくれていいんだからねっ!


「確かにみっちゃんは明日の授業で確実に当てられるからピンチだよな。早く予習しておくんだ!」

「はうっ、わすれてた……」

「ゆずちーの家でカードゲームしようなんていってる場合じゃないぞ」

「明日のあたしは死んでも、今日のあたしは死なぬ!」

「バカめ!」


 しかし、甘い物がなければ今日のあたしも死ぬ。砂糖のない食卓……か。どうして急に甘いものが全部消えちゃったんだろう? 神様が砂糖を嫌いになったから? 神様が虫歯になったせい? そんな神様死んでよし!!


「よーし、あたしがっ! 砂糖に関する論文を書いて学会に提出する!!」

「読めるものだといいな。そもそもみっちゃんは論文と作文の違いを理解しているのか? 小説とエッセイの違いを理解しているのか? そもそもみっちゃんは学会が組織なのか場所なのかイベントなのか分かっているのか?」

「うっ……」

「そ、そうです! 砂糖の原料のあの竹みたいなやつならきっと甘い」

「あの……みっちゃん、サトウキビのことなら苦いらしいですよ……」

「そんなっ……! あたしのパラダイス計画がわずか3秒で頓挫してしまったよぅ……」

「概念……意味……やっぱりバランスが狂っているわけですね」

「ゆずちーどうしたんだよ? また変なこと言い出して」

「くーちゃん。甘酸っぱい恋したくありませんか? カッコイイ彼氏に甘えてみたくありませんか? 他人が砂糖を吐くような恋愛に興味はありませんか?」


 ゆずちーが真剣な目でくーちゃんに問いかけました。あたし達の中で告白したりされたりなのはゆずちーだけだもんね。憧れてるのかな、そういう甘々な日々に。


「………………なんだ、これは」


 くーちゃんが頭を抱えて苦しみだした!? ゆずちー一体くーちゃんに何をしたの!?


「みっちゃん。味覚としての甘さがなくなった世界でも、甘さの概念は残っているんです。ただ誰もが忘れているだけで」

「どういうこと?」

「みっちゃんはくーちゃんに甘いですね、という言葉の使い方……理解できますよね?」

「甘やかすってことでしょ、分かるよそれくらい」

「それを甘いという言葉抜きで説明してください」

「えっ? えっと……うーん?? す、好き勝手にさせる? なんだろう、違うような気がする……」


 くーちゃんはそのまま気絶しちゃったんだけど、大丈夫だよね!? 大丈夫なんだよねゆずちー!!


「私のエゴで甘さを消してしまいました。しかもやっぱり不完全で砂糖を始めとした甘い食べ物以外にまで不完全に干渉してしまった結果がこれです。『甘さ』の概念への不完全干渉……私はやっぱり修行がまだまだ足りていないみたいです……。精進しましょう」

「どういうことなのかあたしにもわかるように説明プリーズ」

「甘いものが甘くなかったらみっちゃんはあまり食べないでしょう?」

「おそらくは。否、今の状況を考えると食べないと言えるねっ!」

「取り敢えず甘いものを強制的に我慢すればダイエットできるかなぁって私は思っちゃったわけで……」

「ところでゆずちーは甘いものが分かるの? 分かってて言ってるの!? どうなのゆずちー!」

「甘いものが欲しいですみっちゃん!!」

「ゆずちー!!」


 くーちゃんは謎の体調不良で早退することになりました。

 そして放課後、ゆずちーママが明らかにスピード違反の速度で車を走らせてきて、ドリフトターン! 運転席から軽やかに降りてきたかと思いきや、


「こんなことをするのはお前さんだけだ! 死ねっ、譲葉!!」


 ゆずちーに往復ビンタしたあと思いっきり蹴り飛ばしていました。突然の出現&暴力にあたしはビックリだよっ!


「ちょ、ちょっ!!」

「ドッキリだ!」

「ええっ!? いくらなんでもこれはドッキリ違うと思います!」


 気絶しているゆずちーをチラ見しつつ気丈に振る舞ってみた。口答えしたあたしもフルボッコにされるのでしょうか。


「みっちゃんとやら。常識的に考えて世界から甘いものが全部消えるなんてあるわけがないだろう。これは全部お前さんに仕掛けられたドッキリだぞ。いい加減気づきたまえ」

「なんだってえええええええ!! なんであたしが!? どういうことなの!?」

「お前さんのような凡人はまさか自分がドッキリにかけられるなんて思ってもないだろう。ゆえにお茶の間を楽しませるリアクションが期待できる」


 ゆずちーママはそんなことを語ったのち、


「明日には砂糖が帰ってくる。存分に食べて太るがいい。そうしたら最後に私がステーキにして食べてやってもいいぞ……まったくレジストが面倒なことしやがって。シュガーレス生活なんてやってられん」


 ゆずちーを後部座席に放り込んでどこかへと行ってしまいました。


「……ドッキリ終わったのなら今すぐ砂糖を返してよぅ」


 あたしの呟きは誰の耳に入ることもなく霧散したのでした。

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