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一対のお話。  作者: 鴉拠
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~ 魔女と少将 前編 ~




むかしむかし、という程でもない昔、あるところに、というほど不明瞭ではない場所。


つまり、今から十四年前の、人間達から【黄昏の森】と呼ばれる場所に、ある一人の女の子が生まれました。


その女の子を産んだのは人間ではありません。


人間たちからは魔女と呼ばれる女性から生まれたので、その女の子も魔女です。


魔女は魔女からしか生まれず、容姿は生んだ魔女に似るのではなく、生まれた場所に似ます。


女の子の母親はオレンジの強い茜色の髪に、赤みの強い茜の瞳の妖艶な美女で、【黄昏の魔女】の名に相応しい色を持っています。


女の子はといえば、どちらかというと赤紫の夜が訪れる手前の黄昏の瞳に、暖かい灰色の影が落ちる白い髪で、妖艶というよりは愛くるしい顔立ちをしていました。


瞳には黄昏の色彩を、髪には黄昏の曖昧な性質を持つ女の子は、立派な【黄昏の魔女】になるべく魔女のもとで修行の日々を送っていました。


しかし、色彩ではなく性質を持った稀有な存在ゆえか、女の子は普通の魔女とは違った行動をとります。


素材を探すとき以外は外に出たがらない、自分の棲む場所の色以外は好きではない、人間を迷わせるのは好きだが、人間自体は嫌い、というのが普通の魔女というものですが、その女の子は少し違いました。


素材を探すとき以外にも外に出ては走り回って誰かを探し、黄昏以外の色も愛し、人間を迷わせることも人間も苦手で、見知らぬ存在には自分から関わりたがらない、魔女らしいのからしくないのか解らない魔女見習い、それが女の子でした。


そもそも【黄昏の森】は他の色持ちの森とは別格の森なので、森に踏み入る人間自体少ないのですが、まぁ、それはいいとしましょう。




一方、同じようにむかしむかしという程ではないむかしの、けれどそことは違う場所には、一人の男の子が生まれました。


女の子は十四年前に生まれましたが、その男の子は二十四年前、王都の子爵家に生まれました。


その男の子は父親よりも濃い金蜜色の柔らかな金髪に、母親の碧眼よりも深くて涼やかな青紫色の切れ長の瞳を持つ、精悍な、というよりは美しい男の子でした。


子爵家という、然程家格も高くない家の次男なので、爵位を継ぐ必要のない、放蕩息子になりやすい立ち位置でしたが、男の子は酒どころか女性や賭け事といった享楽には見向きもせずに、騎士学校に入学できる年齢になるとすぐに入学し、その間も自分を高めることにだけ集中し、めきめきと頭角を現しました。


そんな男の子は二十歳という若さで大佐の地位にまで上り詰め、二十四歳になった今は少将の位につくという異例の速さでの昇進を果たしました。


爵位に頼ることのない純粋な実力のみで地位を得た男の子は、今や【清廉】と憧憬の念とともに囁かれるほどになりました。


多少嫉妬を買うこともありましたが、禁欲的すぎて最早欲がないのか、という修道士が泣いて喜ぶほどの生活に、そんな感情を向けられることも無くなりました。


男の子が大佐の位に就いた時に、ある一人の同輩が聞いたことがあります。



「お前、何でそんなに強くなりたがんの?上に行きたいの?」



その時、男の子は初めて……きっと、生まれて初めて笑いました。



「上も下も関係ない。己は、ただ一人を守りたいだけだ」



そう言って、青紫の瞳の虹彩に蒼い炎を躍らせて笑いました。


蒼い炎を躍らせて、背筋が凍るほどの黒い笑みを浮かべました。




【黄昏の森】のある日のこと、今や【黄昏の魔女】と同等にまで成長した女の子はその日、【黄昏の魔女】から【黄昏の魔女】を名乗ることを許されました。


それは次の代の【黄昏の魔女】になったということで、【黄昏の森】の所有者になった、ということです。


色持ちの魔女を襲名する時、先代の魔女は今代の魔女に一つ、贈り物をする習わしです。


それは今代の魔女が欲しいものを強請る習わしで、先代は先々代に使い魔の鴉を強請りました。


先代は【黄昏の魔女】を退いた暁には、その茜色の瞳を持つ使い魔と共に世界を旅するそうですが、関係のないことですので置いておきましょう。



「それで、アンタはあたくしに何を望むんだい?」



先代は女の子相手に婀娜っぽい微笑を浮かべ、細く長い指先で女の子のおとがいを持ち上げました。


その時、女の子は初めて……きっと、生まれて初めて笑いました。



「花を、育てさせて。黄昏色しかないこの森に、白い花を、育てさせて」



そう言って、赤紫の瞳の虹彩に紅い雷を走らせて笑いました。


紅い雷を走らせて、胸が苦しくなるほどの白い笑みを浮かべました。




それから二年の月日が経ち、【黄昏の魔女】は十六の少女に、【清廉】は二十六の青年になりました。


少女は立派な魔女として秘薬を作り、魔術を考案し、森を守護する傍ら、先代から貰った白い花を育て、構築した魔術でタカを探す日々を送っていました。


他の色持ちの森の魔女たちは、幼い魔女が盲目的なまでに固執するものに興味を持ちましたが、それと同時に哀れみも持ちました。


魔女は本来、移り気な生き物です。


唯一例外として自らの色彩に固執しますが、他の物に心を移すことはありません。


それは大昔に生きた一人の魔女が、人間の男に恋をして、手酷く裏切られた事に由来します。


だから魔女は身内を傷付けた人間が嫌いで、怖いのです。


ですので、幼い魔女であるウサギが探している生き物が人間であるがゆえに、その結末にあるのは悲劇だけだと思っているのです。


これで、そのタカが人間ではなかったら、魔女たちはタカの所在を一も二もなく教えたでしょう。


連れてくることさえ厭わないに違いありません。


魔女は移り気で、人間に対しては否定的ですが、同族はとても大事にする生き物でもあるのです。


睡眠も食事も然程必要としない魔女ですが、享楽の一環として楽しむことはあります。


しかし、その必要最低限を削ってまで探し続けるウサギは、本来育つはずの大きさに達していません。


前世ほど小柄でも、痩せっぽっちでもありませんが、不用意に触れれば折れてしまいそうな儚い風情でいましたので、他の魔女たちは気が気ではなかったのです。


そして、青年となったタカはといえば、今回、大掛かりな作戦の部隊長へと任命されました。


異例の出世に異例の抜擢ですが、それも当然かもしれません。


今回、青年の棲む王国が目をつけたのは色持ちの森と、その森に住む魔女たちです。


魔女たちは、持つ色に相応しい能力や魔術を持っていましいた。


【赤の森】の木々は紅葉より赤く、炎に強い性質を持ち、【赤の魔女】は炎の魔術と力を底上げする秘薬の持ち主です。


【青の森】の木々は水が滴るほど水分を多量に含む木が生え、【青の魔女】は水の魔術と傷を癒す秘薬を持ちます。


他にも緑や黄、桃などと様々ありますが、今回、特に重要とされるのが【白の森】と【黒の森】、そして【黄昏の森】と呼ばれる、他の色持ちの森とは別格扱いの森と魔女でした。


【白の森】は幹が白く、葉が刃のように鋭い鋼色の木々が生い茂る森で、【白の魔女】は光の魔術と生命力を底上げする秘薬の持ち主です。


【黒の森】は幹も葉も艶のない黒くしなやかな木々が生え、【黒の魔女】は闇の魔術に、秘薬ではなくあらゆる毒を持つ魔女でした。


そして【黄昏の森】はというと、茜に赤紫、青紫と黄昏時の間の空を葉に、幹に宿す木々が茂る森でした。


森の主である【黄昏の魔女】は、炎や水、風に光、闇の魔術を扱う事は出来ませんが、それを補ってなお余りある空間に関する魔術と、心を癒す秘術を持った魔女です。


国王は、なんとか彼女達の力を借りて、大きくも小さくもないこの国を戦火から守ろうとしました。


勿論、魔女たちが人間嫌いだということは百も承知ですが、彼女たちだって人間の戦争で森を失いたくはないはずです。


自分たちは戦争をせず、魔女たちに不必要に干渉せず、その森が他の人間に脅かされそうになった場合にのみ兵を出して援護する代わりに、自分たちの国が危うくなった場合、その魔術と秘薬を優先的に貸与えて欲しいと、王様は各地の魔女に文を出しました。


その伝書鳩役の一人に、タカは選ばれたのです。





























それが後に、どんな災厄を齎すのかも知らないまま。






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