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一対のお話。  作者: 鴉拠
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~ 村の子と街の子 ~






どこかの世界の、争いの時代の、普通の街。


激戦区の国境と王都の中程にあるその街には、少女がいました。


金蜜色の髪は、クセというには綺麗に跳ね。


華奢手足は健康的な白さですらりと伸び。


青紫の瞳は吊目ながらも女性らしさを失わない程度に大きく。


勝気な、というよりは冷静な印象を抱かせる美しい少女でした。




いっぽう、おなじ世界の、おなじ時代の、違う場所。


どちらかというと激戦区の国境に近い寂れた村にも、女の子がいました。


戦火に煤けて汚れた、暖かな灰色を影に落とす白い髪に。


同年代と比べても明らかに細い手足に、病人のように青白い肌。


赤紫色の瞳は垂れ目がちで、まん丸の目が溢れそうなほど大きい。


戦に疲弊してなお純粋なまま育った、愛らしい女の子でした。




街に生まれた女の子は、歩けるようになってすぐに記憶にある面影を求めて彷徨いました。


優しい両親を騙し騙しですが、女の子は罪悪感を振り切って歩き回ります。


笑顔のままで赤に沈んだ、赤紫の目を持つ誰かを探しました。


青の中を舞った、暖かい白を持つ誰かを探し回りました。


自分がこうして生まれ変わったのだから、あのウサギも生まれ変わっているはずだと、街中を駆け回りました。




村に生まれた女の子は、歩けるようになってすぐに両親を亡くしました。


なので、子供らしい生活はほとんどせずに、物心ついた時には大人と同じように働いていました。


それでも仕事の合間を縫っては、記憶にある面影と残像を求めて彷徨いました。


緑の中に瞬いた、美しい金色を持つ誰かを探しました。


切れ長の中に収まった、青紫の瞳を持つ誰かを探し回りました。


誰かのためにと探し回った、あの白い花を探していました。


自分がこうして生まれ変わったのだから、あのタカも生まれ変わっているはずだと、村だけではなく森や野原、時には戦場付近までも探してまわりました。




二人して探して、探して、探し回って、見つからなくても、探し回って。


それでも見つからないと泣き喚いても、朝日が昇ればまた探し回って。


探してばかりでは生きていけない現実に辟易しながらも、探すために身体を生かし続け。


それでも磨り減っていく心に悲鳴をあげては、早く早くと身体を急かしました。


そうして月日は過ぎていき、戦火もますます広がって、国境線はどんどん後退してきます。


村に常駐する兵士が増え、比例するように減っていく日々の食事に、村の人々の中からは遂に餓死者が出るようになりました。


村の少女も、覚えのある飢餓感に気が遠くなりかけましたが、それでもタカを、花を探すことだけはやめません。


時にはウサギだったときのように雑草を口に放り込んでも、探すために身体を生かし続けました。


戦況の悪化がもたらす影響は街にも及び、街の人々の中にはまだ安全な王都へと避難する人も出てきました。


パン屋を営んでいた街の少女の家も、王都にいる親戚を頼って街をたつことになりました。


街の少女も、街どころかこの近辺には探し求めるウサギが居ないと悟ったらしく、特に何も反対することなく避難民の列に加わりました。


しかし、その時には既にこの国はもう終わる一歩手前で、国王一家が国外逃亡を企てているなんて、誰も知らないことでしたが。





そうとも知らずに戦場で戦い続ける兵士たちは、遂に少女の村を野営地と定め、女子供にまで武器を取ることを求めました。


それだけはと懇願する女は片っ端から慰み者にされ、ぐずる子供は殴られ、反発する生き残りの男衆は最前線に送り込まれ、一種の処刑場のような様相を呈していました。


そんな中、村の女の子、いえ、ウサギはというと、森の中を王都へ向けて走っていました。


人間になったことで伸びた足と、毎日村を、森を駆け回って手に入れた脚力と体力と、継ぎ接ぎだらけのポーチに僅かばかりの食料とナイフだけをもって、ウサギは走り続けます。


そこにタカがいると解ったから、ということではありません。


あの場にいては、一生かかってもタカを探し出せないと、それどころか戦場にでてすぐに殺されて終わると悟ったからです。


ここで、幸運なことだ、と言うことはできません。


村から街までは徒歩で一週間かかり、街から王都までは二週間はかかるのです。


約ひと月の間、僅かな食料を食いつないでも、走り続けることは到底不可能です。


街までならたどり着くことも出来たでしょうが、王都までとなると、到着よりも先にウサギの足が潰れてしまいます。


そもそも栄養失調のやせ細った体です。


街に到着した途端に力尽きて倒れても不思議ではありません。


それなら、立ち止まって休憩しながら行けばいいと思うでしょうが、ウサギは立ち止まるわけにはいきません。


立ち止まってしまえば、怖がりなウサギははるか後ろから聞こえる兵士たちに捕まって、何をされるか解ったものではないからです。


生き残る可能性があるほうに自分の人生を賭けたウサギは、ギシギシとなる足を無視して木によじ登ると、動物だった頃に頭を切り替え、地面を跳ねるようにして枝の上を駆け抜けていきました。




ある日、ある時、というには然程時はたっていません。


せいぜい半月程の時が過ぎたでしょうか、パン屋の娘として生まれ、王都を目指していたタカは、王都ではなく、生まれ育った街にいました。


タカだけではなく、タカの両親も、一緒に王都へ避難した人達も一緒でしたが、それでも一度は王都へ逃げようとした人は皆、街へ帰ってきました。


何故?と問われれば、それは王が反乱を起こされ、王都が戦場と化したからです。


逃亡を企てた国王一家は反乱軍を指揮した将軍に打ち取られ、その首は、停戦交渉の文と共に戦争をしている相手の国に届けられたそうです。


そもそも戦争をふっかけたのはこの国でしたので、王がいない今、属国になるのは確実でしょうが、それでも戦争が終わったことに人々は安堵し、つかの間の平和を享受しようと喜びました。


戦争に負けて悲しいのか、戦争が終わって嬉しいのか解らない微妙な空気が漂う中、とあるパン屋の辺だけがはっきりとした悲しみに包まれていました。


そのパン屋……タカの生家でもあるパン屋の前には、一人の少女が倒れていました。


森の中を駆けてきたのでしょう、擦り切れて襤褸のようになった服には草の汁や葉っぱが付いていて、跳ねた泥で汚れていました。


どれほどの距離を辿ってきたのか、その枯れ枝のように細い足は靴の代わりに布が巻かれて、その布は靴の意味を成したのかというほどの量の血にまみれ、一見すると黒い靴を履いているように見えます。


どれほどの恐怖を感じたのでしょう、血の気の失せた痩けた頬にはくっきりとした涙の跡が刻まれています。


全体的に小柄で、年相応には見られないほど成長しきれていないその少女は、一本のナイフを固く握り締め、うずくまるようにして倒れていました。


煤けてはいますが、暖かな灰色を影に落とす白い髪と、薄く開かれたままの瞼からのぞく赤紫の紫陽花色の瞳が印象的な、愛らしい少女です。


野次馬が群がるその少女は、すでに息をしていませんでした。


可哀想に、とか辛かっただろうに、とかわめきたてる群衆の内の一人が言うことには、この少女はつい二日前にふらりと街へやってきて、治療を勧めるお婆さんや門番をみて、こう訪ねたそうです。



「この街に、金色の髪と、青紫色の目をもっているヒトは、いませんか?」



と。


この大きくも小さくもない街で、その特徴をもつ人間は一人しかいません。


お婆さんはすぐに、そこのパン屋の娘さんだと答えました。


少し前に、一家で王都へ逃げたから誰もいないけれど、とも言いました。


少女はそれだけ聞くと、涙と血と泥で汚れた顔に、それでも綺麗だと解る笑顔を浮かべると、丁寧に頭を下げて駆け出しました。


誰もいない、無人だと解る店の前で、それでも少女は、ウサギは嬉しそうに笑って、決してそこから離れようとはしなかったそうです。


特に何かしてあげられる訳ではありませんでしたが、それでも残った街の人々は、窶れ果てて今にも死んでしまいそうなウサギに毛布を与え、僅かでしたが食料を与えようとしました。


けれどもウサギは穏やかな顔をしてそれらを断ると、ただただ愛おしそうに空を眺めていたそうです。


それを聞いてよくよく見てみれば、ウサギは心なしか微笑んでいるようにもみえます。


そんなウサギを見下ろすタカは、ウサギの顔から、爪の剥がれた手へと視線を滑らせました。


ゆるく伸ばされた腕の先には、刃溢れした粗末なナイフが一本ありました。


しかし、もう片方の、胸に抱き込んだ手のひらの下には、一輪の白い花がありました。


白い花、といっても本物の花ではありません。


黒い石畳を削って描かれた、子供の絵のような白い花は手に持つことはできません。


結局、ウサギは森のどこを探しても白い花を探すことはできませんでした。


けれども、ウサギはどうしてもタカに白い花を渡したかったのです。


どんなに不格好でも、どんなに幼稚な発想でも、タカはきっと笑ってくれると信じていたのです。


死にかけの身体を、さらに命を削って酷使したウサギは、夜明けとともに息を引き取りました。


大好きなタカが、少なくとも食べるものには困らなかった事が解ったことと、拙いけれど花を用意できたこと、長い眠りにつく前に、タカの瞳の色に染まる空を見れたことが、ウサギにとっての救いでしょうか。


それとも、結局は渡せていない、笑ってもらえていないことで、その救いは無意味なものとなったのでしょうか。


それはウサギにしか解りませんが、タカが救われなかったことは確かです。


どことなく幸せそうに見えなくもないウサギを前に、タカの顔は湖面よりも凪いでいました。


そこに喜怒哀楽の感情は一片たりとも浮かんでおらず、ただただ、その胸の内には途方もない空洞が広がるばかりでした。


確かに、ウサギの顔は幸せそうです。


けれど、そんなことでタカは納得しません。


今際の際で僅かな幸福を噛み締めたウサギの、これまでの幸福を信じられません。


信じることができません。


ウサギが今まで幸せだったかなんて、火を見るより明らかなのですから。


守りたいと、願いました。


相変わらず小さな身体も。


幼い顔に透けた綺麗な心も。


死してなお愛らしいとわかる笑顔も。


すべて守りたいと、守るのは自分でありたいと願っていました。


それなのに、その小さな体は、小さくあること自体が妙なことであってほしいと思うほどやせ細って。


痕になるほど流された涙が、どれほどその綺麗な心を傷つけられたかの証のようで。


愛らしく浮かぶ笑顔の端が、慣れないものを動かしたかのように引き攣っていて。


ともに過ごしたいと、その時間ごと守りたいと思っていたのに、自分が居ないところで傷つけられていた。


その事実が、ウサギがこれまで幸福だったかどうかを確信させた。


タカは、開いたままのウサギの瞼を丁寧に閉じると、あまりに軽すぎるその矮躯を抱え、街を去りました。


残された人々はタカを止めようとしましたが、振り返って一瞥したタカの瞳を見るなり、伸ばしかけた手を引っ込めました。


ほの暗く揺れる青い炎を瞳の奥に抱いたタカに、誰もかける言葉を探せなかったのです。


それから三日後、この国は戦争をしていた国の属国になりました。


そしてその日、国境付近の村が何者かに襲撃され、跡形もなく消え去りましたが、それは些細なことでしょう。


















































これは、無力を悟った二番目の話。






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