*決断と責任
「ライフルも形成可能か、心強い」
薄く笑んで少年に視線を移した。
「月刃」
「あ、はい」
呼ばれて、形成したナイフを投げ渡す。
受け取った瞬間、グリズリーの巨大な爪が迫ってきてベリルは咄嗟に腕をクロスした。
「! ベリルさん!?」
衝撃で後ろに滑り込むその腕には、くっきりと大きな爪痕が刻まれていた。ベリルはその痛みに眉をひそめ、再び構える。
月刃は流れる赤い液体に険しい表情を見せたが、ベリルはそれに淡々と口を開いた。
「私の事など気にせずとも良い」
「でも……っ」
「なんたのための不死だね」
「あ」
「気にせずこなせ」
「解りました」
少年に微笑み、グリズリーの足下に駆け寄ってナイフを突き立てた。
[ギャン!?]
グリズリーはズシンと前に倒れて痛みに唸る。
「……」
その苦しむ姿に月刃は苦い表情を浮かべた。
この熊はここに来たかった訳じゃない──強引に連れて来られ、闘わされている。なのに、殺さなくてはいけないのか?
「お前が気にする事ではない」
「!?」
聞こえた声にハッとする。
表情から悟られたのか、ベリルは少年に目を向けず顔色を変えずに続けた。
「私が倒すのだ、お前に責任は無い」
「ナイフを作っているのは俺ですよ」
「それを必要とするのは私の持つ武器には制限があるためだ」
ハンドガンに重要不可欠な弾薬……それが無くては意味を成さない。
「今後を考え使用はなるべく限りたい」
私には特殊な能力は無いのでね。
そう発した彼の笑みに、どうしてだか月刃は少し胸が締め付けられた。
「決断し行動するのは私だ」
「! そんな……こと」
「それを良しとしないのならば受け止めれば良い」
闘いは待ってはくれない、互いに納得出来るものなどありはしない。
「願うのは倒した者への安らぎだ」
静かに発したベリルは、左のバックサイドホルスターからリボルバー銃を抜き、グリズリーに照準を合わせた。
「生きる者は数々の命を背負う」
それが世の理──つぶやいて引鉄を絞る。中心にレンコンの形状を持つリボルバー銃には、もしもの時のために『ホローポイント』が一発目に充填されている。
「必要以上に苦痛を与える」として、戦争では使用禁止とされている弾薬だ。
戦争以外の使用は禁止されておらず、市販で売られている。そもそも、戦争においてそれ以上の武器を使用するのに、ホローポイントが使用禁止というのもおかしな話ではある。
絞られた引鉄を合図に、銃身から黒い塊が放たれる──それは真っ直ぐにグリズリーの眉間に向かって命中し、巨体は地面につっぷした。
ベリルは近寄って息絶えた事を確認し、その遺体に手を添えて目を閉じる。
すぐさま切り返し狩夢に向き直ると、1体が倒される処だった。残る1体を倒すため駆け出す。
「……いただきますって、命をいただきますって感謝の意味だったよな」
見ず知らずの人に説教させてしまった……なんだか少し照れくさいけれど、信用していい人かもしれない。
傭兵と聞いて、胡散臭いイメージを持っていた自分に苦笑いした。
「遅かったな」
「そうでもない」
口の端を吊り上げた狩夢にしれっと応える。
「刃物で良い、形成を頼む」
「ああ? あ~ほら」
白と黒の靄が剣に形を変えた。
「ダガーにしてくれと言えば良かったか」
「贅沢だな」
眉を寄せて刃を短くした。
「すまんね」
言ってダガーを受け取り、グリズリーの背後に回る。
倒さなくていい相手なら良かったのだが……ベリルは目を細めた。巨大化されたグリズリーは凶暴性も増していて、もはや彼の意思が入り込む余地はなかった──瞬時に判断し決断したが、これが正しいとは思っていない。
最善の方法ではあるが、どれが正しいかなど解りはしない。
グリズリーの隙を突いてベリルは足下に飛び込み、足首に刃を走らせた。
[ギャオゥ!?]
痛みで前足を振り上げた攻撃を避け、勢いの留まらない前足を掴む。その勢いを利用して、グリズリーの背中に飛び乗った。
首の後ろに刃を突き立てようとした刹那──ダガーがグリズリーの爪に弾かれる。
「! チッ」
軽く舌打ちをして、自分のナイフを取り出そうとした。
その視界にコンバットナイフが映し出される。月刃に渡しているナイフと同じ形状のものだ、それが宙に浮いて手にされるのを待っていた。
それを掴み、首筋に突き立てる。
[ガフッ!?]
グリズリーはビクリと体を強ばらせ、ゆっくりと地に倒れていった。