*まともの境界線
動かなくなった大蛇は徐々に縮んで、5mほどの長さで止まる。これはこれで大きいけれど、全体的にテレビでよく見るアナコンダのサイズだ。
「!」
ぴくりともしない蛇に近づき、片膝をついたベリルの後ろ姿を少年は見つめた。
「すまない」
ぼそりと発した彼の言葉に眉を寄せる。
「倒したか?」
「うむ」
立ち上がりながら、戻ってきた狩夢に応えた。
「処で」
ハンドガンを仕舞い、落ち着いた所で2人に問いかける。
「どちらも日本での居住で相違ないか」
「え? はい、俺は日本人で日本に住んでます」
「日本人ではないが──」
「だろうな」
確認を終えて辺りを窺うように視線を泳がせる。
「傭兵ってみんなそうなんですか?」
「違うだろうね」
私はレンジャーでもあるのでな……とつぶやいた。
傭兵の間では野戦に長けている者という意味合いで使用されるが、今は自然を熟知している者という意味だろう。
それだけなんだろうか? 月刃は、どこかしらの違和感をベリルから感じていた。それは、狩夢という夢魔も同じなのかもしれない。
ベリルを見つめる漆黒の瞳は時折、細く形を作っていた。
「おい」
我慢しきれなかったのか、狩夢は眉を寄せながらベリルを呼ぶ。
振り返った彼の表情は、これから発する言葉を知っているかのようで狩夢は眉間のしわをさらに深くしつつ口を開いた。
「年齢は──」
「さあてね。100を超えた辺りから数えるのも面倒でな」
肩をすくめてしれっと発した。
「100歳ですか?」
「20か30かまでは覚えておらん」
聞いた事実に逃避しているのだろうか、月刃は焦点の合わない瞳で問いかけ、ベリルはそれに呆れて目を据わらせた。
「森はそろそろ抜けるだろう」
「え……」
彼がつぶやいた直後──闇は晴れ、次に現れたのは清々しい朝の空気漂う、広々とした森だった。
「暗闇は無駄だと察したようだ」
「どういうことですか」
「暗闇を怖がらない者が2人もいてはな」
2人? 月刃は白髪の青年に視線を移し、ベリルと同じくしれっとしている様子を見つめる。
揃いも揃って美形だが、全体的にまともなのは月刃だけだ。現にこの状況に戸惑っているのは少年だけで、あとの2人は勝手知ったるどころの話ではないくらいに落ち着いている。
しかし──どうしてベリルという人は、彼が暗闇を怖がっていないと解ったんだろう? 蛇の相手をしていた時でも見ていたってことなのかな?
場数を踏んだ対応に、月刃は「さすが傭兵だ」と思わざるを得ない。思うしかないというか……とりあえず、この2人についていく他に少年の選択肢は無いようだ。
「カリムとはどう書く」
「夢を狩るだ」
「漢字か」
そう発し、こちらをちらりと見たベリルに応える。
「守る館に、空に浮かぶ月と刃です」
「そうか」
「あなたは?」
訊かれてキョトンとした。
「ハッ!? 漢字……無いですよね」
流れで訊いてしまった少年に喉の奥から笑みを絞り出し、しゃがみ込んで地に文字を刻む。
「ベリル・レジデントだ」
そこにはberyl residentと書かれてあった。
「面白い名前だな」
「よく言われる」
「?」
少年は首をかしげたが、2人はそれには応えず先に進んでいく。