*人間万事塞翁が馬-じんかんばんじさいおうがうま-
「方角……解りませんよね」
「方角自体、あるかどうかだな」
月刃に薄く笑みを浮かべ、狩夢に視線を移す。
「夢魔と言ったが、この空間の操作はどうだ」
「無理だね。誰かが創った空間だ、私の力ではどうすることも出来ない」
肩をすくめた。
人間ではないようだが、どこか人間臭さが滲み出ている狩夢に少年は警戒心を出しては引っ込めを繰り返している。
ベリルの言動があまりにも飄々(ひょうひょう)としているため、どうにもこうにも眉を寄せずにはいられないのだ。
果てしなく続くような草原は、どことなく夢のような現実のような雰囲気を漂わせ、進む足はちゃんと地に着いているのかと疑わしくなる。
「誰かの創り出した空間なら、操作されるという事か」
ぼそりとつぶやいたベリルの言葉に、2人はハッとした。途端に──眼前の景色は、夜の森に続く入り口へと姿を変える。
「……」
狩夢と月刃が見合い、ベリルを見やった。
「私のせいか」
ベリルは2人の視線に眉をひそめる。
「どう考えても危険な予感しかしない。別の道を──」
振り返った狩夢は、真っ暗な空間にギョッとした。
「どっちが危険でしょうね」
森の入り口に目をやった月刃が応え、ベリルがそちらに足を向ける。
「どのみち進むしかない」
口の端に笑みを作り、どう見てもおどろおどろしい森に踏み込んでいった。2人も仕方なくそれに続く──
じんわりと湿った空気と、視界を狭める木々に加えて、月明かりほどの明るさは不安感を誘う……はずなのだが、どういう訳かベリルという人物は先ほどと変わりない表情で辺りを確認しつつ歩いている。
こちらとしてはホッとする反面、本当に安心していいのかという別の不安も過ぎった。
「そういえば……ご職業は?」
「傭兵だよ」
丁寧な物言いの少年に小さく笑う。
ああ、どうりで……と月刃は納得し、その後ろに続いた。いくら真っ暗な森とはいえ、夜の鳥の鳴き声も無ければ虫の声までもが空間に吸い取られたかのように無音だ。
その静けさが現実ではないという事を、まざまざと示している。
熱くもなければ寒くもない──そんな感覚は自分の感情でしか左右されない事が、またさらにこの空間の異様さを物語っていた。
逆に言えば、夢と違って体感温度があるという事にもなる。
そこで少年は重大な事に気がついた──
「あの、ここで死んだ場合、もしかして」
「本当に死ぬことになるな」
狩夢はしれっと発した。
「実体なのだ、当然と言えば当然だろう」
続いてベリルもしれっと応え、実際の年齢は解らないが角の生えた青年を見上げる。
「夢魔でも死ぬのか」
「愚問はやめろ」
なんとなく息が合っている感のある2人に、少年は口を半開きに唖然とした。
「ベリルさんは随分と落ち着いてますね。同じようなことがあったんですか?」
「初めてだ」
「それにしては……」
「郷に入っては郷に従えと言うだろう」
小さく笑んで発したベリルに少年は眉を寄せる。
「もしかして……日本在住とか」
「オーストラリアだ」
聞き慣れた国だが、そんな事よりもその流暢な日本語の説明をしてほしいと心の中で切に願った。
「しかし、空間の主は森を創りだしてどうするつもりなんだ」
「熱烈な歓迎くらいしか浮かばんな」
「……熱烈?」
ベリルの言葉に、何度目かの眉を寄せる少年──
「目の前から来るのは、あれか?」
「おそらくそうだろう」
顔を引きつらせている狩夢を一瞥し、ベリルはしれっと答えた。