*舞い降りた角
「どこだよここ……」
少年は眼前の景色に唖然とした。一見すると女性と見まごう中性的な面持ちの少年は、年齢の頃17か8だと思われる。
黒いジーンズに淡い水色の半袖前開きシャツが、少年の謙虚さを物語っていた。それでいて、言動のあちこちに垣間見えるものは、少年らしさを表している。
一面に広がる草原と厚い雲のかかった鈍色の空が少年の心にも重く何かを圧迫させていた。
森を歩いていたら突然、視界が真っ暗になって次に体が浮いた感覚のあと目の前が明るくなり気がつけばここにいた。
明らかに自分がいた世界とは空気が違う。
感情が薄いとよく言われる彼の表情にも戸惑いの色が浮かぶ。さすがにこれではどうしていいのか解らないうえに、どっちに行っていいのかもさっぱりだ。
「!」
そんな少年の耳に、背後から近づいてくる足音が聞こえた──振り返ると、同じ背丈ほどの青年が無表情に立っていた。
およそ5mほどの距離にいる金髪ショートヘアの青年は、しばらくひと言も声を出さず少年もそれに続くように無言を貫き互いに見合う。
服装は少年とよく似ていて、ジーンズの色が黒ではなくダークブルーなのと、前開きのシャツは白だ。
しかし、そのシャツは厚手で中の黒いシャツは透ける事がなく、体つきは見える腕から筋肉質だと感じた。
「日本人か」
予想に反して日本語が返ってくる。
青年は疑念に満ちた少年の瞳からすいと視線を外し、前方の草原に目を向けた。
「さて、ここはどこだろうか」
小さく笑んで少年を一瞥した。
落ち着いた声と雰囲気に少年も少し力を抜き、辺りを見回す。
「私はベリル」
「あ……っと、守館 月刃です」
「呼ばれた理由は何かな」
「え?」
微かに聞こえた声に視線を移すと、彼の表情に薄い笑みが浮かんでいた。
これはまさか──喜んでいるのか? そんなはずはないよな。と思い返す。数㎝ほどの差で青年の方が高いようだが、妙な存在感に怪訝な表情を見せた。
「ここの住人ではないのだろう?」
「はい」
少々、丁寧すぎる少年に口角をやや吊り上げ、警戒している印象に仕方がないかと周辺の空気を探る。
「ふむ……以前の夢と似ているが、若干のズレがあるな」
「夢?」
眉を寄せて聞き返す少年を一瞥し、真っ直ぐな地平線を見つめた。
「現実とも夢とも異なる感覚だ、さすがにこの状態は初めてだな」
「それって……夢の時は解るってことですか」
俺も夢だと解る時はあるが、それがいつもって訳じゃない。しかし、この人は常にそうだと言っているように感じられた。
まるで違和感の無い日本語は夢の中のせいなのかとも考えたが、こちらの人種をしっかり把握したうえでの言動なのだと、なんとなく思われる。
そのとき──
「あいてっ!?」
そんな言葉と共に目の前にいきなり何かが降ってきた。
少年は、しゃがみ込んで頭をさすっている後ろ姿に眉を寄せ無言で視線を送る。どう見ても、そのこめかみうえ辺りにあるのは角だ。
山羊だか羊だか解らないが、顔に向かってくるんと内側に巻いている黒い角は少年の目を釘付けにした。
加えて、白く長い髪と黒いコートが陰影をくっきりとさせている。ますますもって少年の目は、すでにベリルよりも目の前の存在に疑心が湧いていた。
「ここはどこだ?」
角を持った男は、へたり込みながらも辺りを見回す。
そして、背後にある気配に視線を送ると、少年と青年が無表情に自分を見下ろしていた。
「……誰だお前ら」
問いかけられて2人は互いに顔を見合わせる。
「ベリルだ」
「守館 月刃です」
服のほこりを払いつつ立ち上がる男に答えた。
「私は狩夢。お前、どこかで会ったか?」
「以前に夢でね」
2人の言葉に少年は少し驚くと、また元の無表情に戻る。
「とりあえず我々は人間として、お前はなんだね」
「そんな質問の仕方はありなのか……夢魔だ」
しれっと問いかけたベリルに眉を寄せ、手を腰に当てた。
「そうか、それならば今の状態は我々より確認出来るな」
えっ!? 今ので普通に信じたの!? 少年はベリルに目を丸くした。この状況なら信じても不思議じゃないとは思うけれど、さすがになんか悟りすぎてないか? とか思ってしまう。
「ん? ここは……夢と現実の狭間か」
言われてようやく確認を始め、目の前の2人に再び眉を寄せる。
「お前ら……実体?」
「そのようだ」
ベリルは薄笑いで発し、肩をすくめた。
ここにいても仕方がない……と3人は誰ともなく足を進める。