*意識の認識
「あいつ、どうするつもりなんだ?」
狩夢が見上げて問いかける。
「俺の予想ですけど……不死だけ奪えないんじゃ、全部取り込むしかないのでは」
やっぱり? と狩夢は眉を寄せ、未だ無言のベリルに視線を移した。
「こいつは一体、なんなんだ」
苦い表情で問いかける狩夢を一瞥し、ベリルはようやく口を開く。
「いくつかの符号をつなげればおのずと答えは見い出せる」
「符号ですか? 不死と新しい世界の形成と……他に何かありました?」
月刃の言葉に、ベリルは一度エメラルドの瞳を瞼に隠した。
「奴の物言いは一見、年を経た者のようだが、どこか子どもらしさが窺える」
しゃべり方という意味ではないよ。と付け加え、さらに続ける。
「顔立ちは私を真似ているとしても、あの風貌は何かを思い出させる」
「何か? 何をですか?」
「人形だよ」
2人は同時に驚いて、深く思い起こし納得した。
いつも勝ち誇ったような顔をしていたが、どこか貼り付けたような笑み──ベリルとは異なる無表情さには、得も言われぬ違和感があった。
「人の想いは蓄積され、時に意思を持つ」
「! 九十九神?」
年を経た物には意思が宿り動き出すと謂われ、日本では九十九神と呼ばれる──妖怪のからかさ小僧や提灯お化けなどが例に挙げられる。
「でも、それと不死とにどんな関係があるんですか?」
「受け止めた想いが、発した者と同じとは限らない」
本当にそれは不死を望んでいたのだろうか?
「人形に話しかける者の多くは幼児だ。それが不死という言葉だったのか、死への恐怖だったのかは定かではない」
「! それって、まさか……」
「小児病棟の玩具は使い続けられる」
いつか、外に出て息が切れるまで駆ける日を夢見ていたのだろうか。友達と笑い合いながら街を歩く自分を思い浮かべていたのだろうか。
果たされない想いは、一つの器に溜まり凝縮された。
「それでも許される事ではない」
苦い表情を浮かべている月刃に視線を向けずに応える。
「その意思には胸を痛める、しかし本人の意思ではない。奴の行為は許容しかねる」
私には、ここに在る命を守る義務がある。
「傭兵としてのか?」
皮肉混じりに狩夢が問いかけた。
「自身としてだよ」
口角を吊り上げて応える。
空間はヘルシャーの感情を表すように歪み、色は混ざり合いながら不気味なマーブル模様を描きつつ時折、攻撃的な金属音を響かせていた。
狩夢は空間を見回したあと、
「訊きたいことがある」
「なんだ」
険のない物言いで聞き返したベリルを一瞥し、膨れあがった肉まんのような虹色の塊を見上げる。
「この世界では、意思の力が強く影響するんだよな」
「そうだ」
自身でも知っているだろう事柄を今更問われ、なんの確認なのだろうかと視線を向けたとき──
「っ!?」
狩夢の唇がやや笑みを浮かべたかと思うと、ベリルを突き飛ばした。
「!? ちょっ!? 狩夢さんっ? ええっ!?」
月刃は突然の出来事に声を上げ、徐々に取り込まれていくベリルを眺める。
「意思の力が強い方が勝つんだろ」
「それはそうですけどっ」
なんでベリルさんを!?
「だったらほら、あいつが負ける気しないし」
いやいやいやいやいや! そうですけど……ってそれはそれで失礼な気がしないでも、とかそうじゃなくて!
『あーっはっはっはっ! これで僕は不死になる。誰にも僕の邪魔はさせない』
空間のどこからか響く声は、勝ち誇ったように高らかに笑う。
虹色の塊は、また徐々にしぼんで行きベリルの姿が2人の視界に映った。どうやら意識は無いようで、やや遠い場所にうつぶせに転がっている。
「まず相談してからでも良かったですよね」と月刃。
「どっちでも同じだろ」
しれっと応える狩夢に視線を向けず、目を据わらせる。
「正直に言ってはどうですか」
「……すいません」
月刃の刺さる感情に、生ぬるい笑みを浮かべた。
未だうつぶせのベリルを見つめていると、ぴくりと指が微かに動き2人に緊張が走る──どちらが勝ったのか?
ゆっくりと立ち上がる姿では、まだどちらなのか解らない。ベリルが深い溜息を吐き、こちらに向き直った。
その瞳に月刃は息を呑む──そこにあるのはエメラルドではなく、翡翠だ。
「どうするんです?」
「あれ?」
おかしいな……と狩夢は頭をぽりぽりとかきながらつぶやいた。ヘルシャーの下品な笑みがベリルから放たれ、月刃は嫌悪感に眉を寄せる。
『ククク……感謝するよ。永遠が僕のモノになった』
お礼に君たちの能力も奪ってあげるね……ヘルシャーは優越感に浸りながら右手を差し出した。
「!?」
2人は体を強ばらせ、これからの闘いに身構える。