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*銀色の少年

「上か……どうする」

「飛べんのか」

「夢魔ですよね」

 ベリルだけでなく、月刃も狩夢に視線を刺す。

「ここは他人の世界だから無理なんだってば」

「仕方がない、階段を頼む」

「その手があったか」

 あったまいー! と、ベリルの指示通り狩夢は白い靄で階段を作っていった。

 基本的に明るいのかなこの人……いや、人間じゃないけど。などと、階段を鼻歌交じりに形成していく狩夢の背中を少年は眺めた。

「どうした」

「あ、いいえ」

 さして関心のない物言いで問いかけられ、促されるままに白い階段を上っていく。3次元的な感覚など、この世界にとっては余計なものでしかない──いくら上っても高さの感覚が無ければ、上昇しているという印象さえ無い。

 つまりは、移動しているという感じが持てないのだ。

 こうなってくると精神的なダメージが増してくる……はずなのだが、

「気配は近づいている」

「本当なんですか?」

「疑っても他にすることないしな」

 この2人がいるおかげで、変な落ち込みが無いということは……いいことなんだろうか? 疑問を残しつつ月刃は2つの背中を追う。

 しばらく上っていると、ふいにベリルが手で2人を制止した。

「狩夢、パイナップルかレモンは出せるか」

「生ものはちょっと」

 狩夢の返しにベリルの顔が一瞬、険しくなる。

「手榴弾と言えば解るか」

「あ、そっちね」

「良い、ショットガンを出せ」

「……」

 今のは冗談だったのだろうか、本気だったのだろうか──少年は、しれっと黒い靄を漂わせる狩夢に眉を寄せた。

「私の示す方向に頼む」

「オッケイ」

 白い階段はいつの間にか消えているにもかかわらず、そこにまた透明の床があるかのように重力は保たれている。

 ベリルは少し視線を泳がせると、優雅に右手を前に向けた。

 その方向に銃口を合わせ引鉄ひきがねを引く──大きな破裂音と共に小さな黒い塊が白い空間にいくつもの穴を開けたかと思うと、その部分が渦を巻き人影が一つ浮かび上がる。

『君を独りにすべきだったね』

 ゆうるりと現れた少年は、苦々しくベリルを睨み付けた。

 背中に流れる銀の髪はどこか非現実的であり、指にはめられた指輪はその美しさを物語る。グレーのコートに黒のパンツ、ブラウンの革靴は品良く。

 瞳は翡翠のごとき輝きを湛えたその面持ちは──

「ベリル!? ……さん?」

「若いな」

「17か8といった処か」

 懐かしさもあいまってかベリルの口元が若干、緩む。

「どう思う」

「どう思うって訊かれても」

 狩夢のふいな問いかけに月刃は眉間にしわを刻み、ベリルはつぶやくように答える。

「単純に考えれば何かの理想かな」

「永遠……か」

 狩夢は目を細め、10mほどの距離にいる少年を見つめた。

 丘の上にでも立っているように、銀の髪の少年はこちらを見下ろしている。その瞳は冷たく爬虫類のようで、月刃は軽く身震いした。

『僕の世界を完成させるためには、君たちの能力ちからが必要なんだ』

 まるで、力を貰うことが当然のように発する人物に月刃は奥歯を噛みしめる。そんな彼を鼻で笑い、ベリルに視線を移した。

「何故そうもこの世界を維持したい」

『解るだろ、僕の居場所はここだけなんだ』

 声をやや低くして、鋭い視線を問いかけたベリルに送る。しかしすぐ、唇に笑みを作った。

 透き通る面持ちに浮かぶ微笑みは冷たく美しいが、残酷さも同時に映し出し2人はそれに、なんとなくベリルを見やる。

「何故私を見る」

「いや別に……」

 月刃と狩夢はベリルから視線を泳がせ、目の前の少年に戻した。

「残念だが、お前の計画は無駄に終わる」

 狩夢は漆黒の宝石が飾られたペンダントを揺らし、勝ち誇った口ぶりで銀髪の少年を指差した。

 首にまかれた白と黒のボーダー柄のマフラーは、彼の優位を示すように風もないのになびいている。

 銀髪の少年は、それに否定する事もなく狩夢を睨み付けた。

『そうだね、最後だからとベリルと一緒にしたのが間違いだった』

 怒りを帯びた物言いのあと、口角が不気味に歪んだ。

『でも……』

 付け加えた言葉は2人に衝撃を与えた。

 静かに白い空間に響き渡る声はいつまでも脳裏に残る。

『神のために造られただけはあるよね』──と。

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