*白い視界
視界が白く霞む……ここはどこだろうか。ソファでテレビをBGMに休憩していたはずだが、これは夢か。
濃霧のなか、辺りを見回してみたが生命を感じられる気配はなかった。白い霧に視界を奪われながらも目を細めれば、何もない灰色の世界にしか見えない。
「!」
そんな薄い視界に、1つの影がぼんやりと浮かんだ。
近寄ると、所々にウェーブのかかった白く長い髪が印象的に揺れていた。どうやら男性のようだが……こめかみのやや上からメリノー種に似た黒い角が見えたが、意に介さずさらに近づくとその人物が振り返った。
「あ? 誰だお前」
ぶっきらぼうに発した相手のしかめた面と漆黒の瞳を見た刹那──目の前が明るくなり、現実なのだと目の痛みで実感する。
「ふむ」
小さく唸り上半身を起き上げた。
金のショートヘアにエメラルドの瞳は神秘的でさえある25歳ほどの青年は、テーブルに乗せられたティカップを手にした。
ソフトデニムのジーンズに白い前開きのシャツを合わせた格好をしている。
品の良い家具の置かれたリビングと、テレビから流れるニュース。それらは彼の上品さと非凡である事を示していた。
おかしな夢を見たものだと立ち上がり、ダイニングルームに向かう。ブランデーの瓶とグラスを手に再びリビングに戻り、淡いオレンジのカバーがかけられた革のソファに腰掛けて琥珀色の液体を透明のグラスに静かに注いだ。
174㎝と細身の体型からは想像し難いが、意外と筋肉質な彼は傭兵を生業としている。
名はベリル・レジデント──かなり名の通った人物だ。いつも忙しい彼だが、一人旅でもしようかとしばらく休暇をとる予定である。
先ほどの夢を思い起こしながら足を組み、宙を見つめて微かに微笑む。
グラスに残った3分の1ほどの液体を一気にあおって立ち上がる。そうして、地下にある武器庫に降りた。
オーストラリア連邦、ノーザンテリトリー準州の州都ダーウィンにある彼の自宅は、さながら要塞のように厳重なセキュリティに護られている。
危険な武器があるためだが、彼が外出中に侵入した者たちにはブービートラップも待っているというオマケ付きだ。
ブービーはbooby。つまり『まぬけ罠』という言葉から、油断した相手がひっかかるような簡単な罠の事である。
彼はその罠にハマる侵入者を楽しんでいる部分もあるのだが、いかんせんやはり武器を奪われる事は避けたい。
そのため、一般的な泥棒がこの家に侵入した事は一度も無い。
ベリルはナイフを数本とハンドガンを数丁みつくろい装備していき、次に弾薬に手を伸ばす。
1つ1つ確認するように一瞥し、腰のベルトにずらりと並ぶ筒状のヶ所にカートリッジを差し込んでいく。
そうして、腰の背後にあるバックサイドホルスターに収められているハンドガン2丁を抜いて確認し再び仕舞うと、今度は開いたシャツの中に手を入れてショルダーホルスターに収められているハンドガンを確認した。
彼が『全身凶器』と呼ばれる由縁だが、もちろん体術にも優れているためだ。
そんなこんなでひと通りの装備を確認したあと、再びリビングに戻る。彼の意識にある微かな違和感は、その口元に笑みを浮かばせた。