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残高3000円の反撃  作者: 烏丸ぽっぽ


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第6話:過去との決別と、新たなる拠点《ベース》


 ドタドタと無様(ぶざま)な足音を立てて、不良たちが夕暮れの裏路地から逃げ去っていく。気絶した竜牙の両脇を抱え、何度も振り返りながら去っていく彼らの姿は、哀れ(あわれ)なほどだった。


 一人残されたカナタは、気絶した竜牙を殴り飛ばした自分の右拳を、信じられないものを見るような目で見つめていた。


「ひゅーっ、やるじゃねぇかカナタ! 主人公みたいだぜ!」


 使い魔のガブが、カナタの肩の上で嬉しそうに飛び跳ねる。


「……っ、痛ぇ……。でも、最高に気分がいいな」


 殴られた頬の痛みに顔をしかめつつも、カナタの口角は自然と吊り上がっていた。


 10万ポイントを消費して自身の基礎ステータスを強化した恩恵(おんけい)は絶大だった。彼が持つ「世界トップ層の天才ゲーマー」としての極限の状況解析能力に、カナタのひ弱だった肉体が初めて追いつき、完璧なカウンターを叩き込むことができたのだ。


「これで明日から不良どもにビクビクしなくて済むな! 大逆転だぜ!」


 ガブの無邪気な言葉に、カナタは自分の拳を強く握り直す。


「あぁ……。だが、おいガブ」


 カナタは奪い返したスマホをポケットにしまうと、肩の上の白い幼獣をジロリと睨みつけた。


 その目は、天才ゲーマーが運営の隠し仕様バグを疑う時の、極めて冷徹(れいてつ)な色をしていた。


「お前、まだ俺に『言い忘れてること』……あるよな?」


「ぎくっ」


 ガブの耳がピクッと跳ね、あからさまに視線を逸らした。


 カナタはため息をつき、逃げられないようにガブの首根っこを指でつまみ上げる。


「隠し事はなしだ。まず、この『現実(リアル)のステータス強化』についてだ。10万ポイントぽっちでこんなに動けるようになるなら、もっとポイントを突っ込めば俺は軍隊でもひとりで壊滅させられるようになるのか?」


「ば、馬鹿野郎、そんなに甘くねぇよ!」


 ガブは空中でジタバタと暴れながら弁明(べんめい)を始めた。


「お前の身体が的確に動いたのは、元々お前の『処理能力(ゲーマーとしての脳)』が異常に高かったからだ! システムは、お前の貧弱な肉体を一段階上昇させただけに過ぎない。それに、ここから先、純粋に肉体を強化しようと思っても、ポイントさえ払えば無限に強くなれるわけじゃねぇぞ」


「どういうことだ?」


「現実のステータス強化は、視聴者数が一定の大台に乗るごとに解放される『メンバー特典』なんだよ。だから、配信をもっとバズらせて視聴者数を増やさない限り、次の強化はお預けってことだ」


「なるほどな。ポイント次第でいつでもできるわけじゃない、視聴者数依存(いぞん)のアンロック式か。……まぁいい、それは想定内だ」


 カナタはガブを肩に戻し、本題を切り出した。


「最大の疑問はこれだ。そもそも『メンバーシップ』って何なんだ? 今や10万人以上の人間がこのアプリを見ているのに、ルカの視界を直接共有し、神の視点マップを持ち、スーパーチャットで直接指示を出せる『メンバー』は……世界中で俺ただ一人だ。どうやったらなれるんだ? お前が俺を選んだのか?」


「違うね。条件を満たしたのは、世界でお前だけだったからだ」


 ガブは短い前足を組み、少しバツが悪そうに視線を逸らした。


「……ただ、実を言うと、オレにもその詳しい条件はよくわかってないんだ」


「は? ナビゲーション・ユニットのくせに?」


「しょうがねぇだろ! ブラックボックスなんだよ! 気づいたらお前とパスが繋がってたんだから! なんでお前が選ばれたのか、どうやったらメンバーになれるのかなんて、オレが知るか!」


「……まぁいい。あの時、俺もあいつも死に物狂いで足掻(あが)いた。その結果が今のこの奇跡みたいな状況なら、悪くない」


 カナタは軽く肩をすくめると、路地裏を抜けて大通りへと歩き出した。


 その時だった。視界の端の『Viewer』アプリで凄まじい勢いで回っていたカウンターがピタリと止まり、その瞬間、脳内にファンファーレのような軽快なシステム音が鳴り響いた。


【 現在の視聴者数: 200,000人 】


「なっ……20万!? 嘘だろ、今日1日でどんだけ増えてんだよ!」


「朝のニュース番組で『謎のウイルスアプリ』として大々的に報道されたのが、かえって最強の宣伝(プロモーション)になっちまったみたいだな! 怖いもの見たさで開いた連中が、現金がもらえると知って一気に居座ったんだ!」


 ガブがカナタの肩の上で興奮気味に叫んだ。


「『20万人突破ボーナス』だ! 一般視聴者には9千ポイント! お前にはその10倍の9万ポイントが振り込まれるぜ!!」


『うおおおお! 9000ポイント(円)キタアアア!』

『マジで口座に振り込めたwww ニュース見て参加してよかったwww』

『神アプリすぎるだろ一生ついていくわ』

『赤文字様もルカきゅんももっと頑張れ! 俺らのために!』


 現金という最高の餌に釣られ、視聴者たちのコメント欄は狂喜乱舞(きょうきらんぶ)のお祭り騒ぎになっていた。


 カナタの視界の右下でも、システム文字がカシャカシャと音を立てて更新される。


【 Wallet残高計算中…… 】

・前回のWallet残高: 151,000 pt

・ステータス強化消費: -100,000 pt

・日中の魔物討伐: +10,400 pt(※Fランク・Eランク計32体討伐)

・20万人突破ボーナス: +90,000 pt

【 現在のWallet残高: 151,400 pt 】


「15万……。さっきステータス強化で10万使って残高が減ったかと思えば、一瞬でこれかよ」


 笑いが止まらなかった。金に飢えていた底辺高校生にとって、それは世界がひっくり返るような数字だった。


「さてと。それじゃあ、今日はパーッといくか」


 その日の帰り道、カナタは足取り軽く、普段なら絶対に近寄らない高級スーパーへと向かった。いつもなら半額シールの貼られた惣菜(そうざい)血眼(ちまなこ)になって探す時間だが、今の彼には充分すぎるほどのWallet残高がある。


 大トロやウニがこれでもかと乗った特上寿司の盛り合わせ、美しいサシの入った黒毛和牛のステーキ肉、そして食後の高級デザート。さらに、目を輝かせるガブのために、100グラム数千円は下らない木箱入りの最高級ビーフジャーキーを躊躇(ちゅうちょ)なくカゴに放り込んだ。


 築四十年の隙間風だらけのボロアパートに帰宅し、ガタガタのちゃぶ台に不釣(ふつ)り合いな豪華な食事を並べる。


「……いただきます!」


 手を合わせてから、黒毛和牛のステーキを口に運んだ瞬間、カナタは思わず目を見開いた。


「うめぇ……! なんだこれ、肉が口の中で溶けたぞ」


「おぉぉぉっ! カナタ! このジャーキー、前のやつと全然違うぞ! 噛まなくても旨味が溢れてきやがる! まぁ、前のやつも噛みごたえがあって好きだったけどな!」


「はははっ、だろ? ゆっくり食えよ、まだまだあるからな」


 一人と一匹は、笑い合いながら最高の夕食を平らげた。


 食後、膨れた腹をさすりながら、カナタはスマホで不動産情報アプリを開いた。


「おいガブ。明日、学校サボって不動産屋に行くぞ」


「おっ、ついに引っ越しか?」


「あぁ。セキュリティがしっかりしてて、防音で、広い部屋だ。こんなボロアパート、さっさと引き払ってやる」


 これからの異世界ゲーム攻略に集中するためにも、まともな拠点(ベース)は必須だ。カナタは新居の条件をスクロールしながら、確かな未来の希望に胸を躍らせていた。


 ◆ ◆ ◆


 翌日の昼下がり。


 カナタが自室で不動産屋に持っていく書類の準備をしながら『Viewer』を開くと、視界の端の映像は、ひどく険悪な空気を映し出していた。


 ——異世界、冒険者ギルド。


「おい、嘘だろ……ルカ!? お前、生きてたのか!」


 新調した革鎧を着たルカの背後から、信じられないものを見るような、しかしひどく喜色(きしょく)ばんだ声が響いた。


 振り返ると、そこにはかつてルカを(おとり)にして見捨てた元パーティのリーダー、剣士のガルドが立っていた。後ろからは魔法使いのミレアと僧侶のリリスも駆け寄ってくる。


「すごいじゃないか! あの深淵の黒騎士(アビス・ナイト)からどうやって逃げ延びたんだ!? いや、生きてて本当によかったぜ!」


 ガルドは親しげにルカの肩を叩き、満面の笑みで言い放った。


「さぁ、また俺たちのパーティに戻ってこい! お前がいないと不意打ちばっかで調子狂っちまってな。やっぱり俺たちの『眼』はお前じゃなきゃダメだ!」


「そうよルカ! 心配したんだから!」


「また一緒に冒険しましょう!」


 彼らの装備は汚れ、ガルドの鎧には生々しい魔物の爪痕が残っていた。ルカの索敵スキルを失った彼らは、浅い階層でもまともに立ち回れなくなっていたのだ。


 悪びれもなく、さも自分たちがルカを案じていたかのように振る舞う彼らの態度に、ルカの脳裏に第十層の暗闇で置き去りにされた絶望がフラッシュバックした。


(……僕を肉盾にして、見捨てて逃げたくせに……!)


 吐き気が込み上げる。ルカは顔面を蒼白にしながら、震える声で絞り出した。


「……お断りします。もう、あなた達とは組みません」


 その言葉を聞いた瞬間、ガルドたちの愛想笑いがピタリと止まった。


「……あ?」


 ガルドの顔が、一瞬にして嫌悪と苛立ちに歪む。


「はぁ? 何様なのあんた! 索敵しか能がないゴミのくせに! 運良く生きてたからって一人前の冒険者ぶってんじゃねーわよ!」


 ミレアが顔を真っ赤にして罵倒(ばとう)する。


「本当に図々(ずうずう)しいですわね。深淵の黒騎士(アビス・ナイト)の前に置いていかれた時点で、大人しく死んでいればよかったのに。また私たちに迷惑をかけるつもりですか?」


 リリスも、本性を露わにして氷のような視線を送る。


「ちっ……底辺の分際で偉そうに。俺たちがまた使ってやるって言ってんだぞ!」


 ガルドは血走った目で、ルカの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


「ほら、さっさと俺たちの前を歩け。また便利な囮として使ってやるからよ! このカナリア野郎!」


 自世界のボロアパートでその光景を見ていたカナタは、つくづく救いようのない奴らだと、腕を組みながら静かに鼻で笑った。


(さて、どうする? ルカ)


『うわ出た! 主人公見捨てたクズNPC共!』

『ルカきゅんに触んなゴミ!』

『マジで胸糞悪い。俺のポイント全部ルカに投げるから突き飛ばせ!』


 視聴者たちからの凄まじい怒りと応援がコメント欄を埋め尽くし、『ギフト』が乱れ飛んだ。


 ピコンッ、ピコンッ! とシステム音が鳴り響き、ルカの身体を微かな光が包み込んでいく。


 全身を包む温かい光。それは、姿は見えなくとも、確実に自分を応援してくれている存在がいるという証明だった。


(……温かい。やっぱり、神様が僕を見てくれているんだ……!)


「……うるさいっ! 離れろ!」


 ルカはガルドの胸板を、両手で力強く突き飛ばした。


「あぁ!? てめぇ、誰に向かって——うわっ!?」


 ただの突き飛ばしのはずだった。しかし、ルカが大人しく従うと(たか)(くく)り完全に油断していたガルドは、以前に比べて格段に力強いルカの予想外の反発力に対応できなかった。


 バランスを崩したガルドは、慌てて足を踏ん張ろうとしたが、後ろにあった酒場の丸椅子に足を引っかけ、ドタンッ! と無様な音を立てて尻もちをついた。


 静寂。


「え……!? ガルド!」


「あ、あのひ弱なルカが……反抗した……!?」


 一瞬の出来事に、ミレアとリリスは悲鳴を上げ、周囲の冒険者たちも驚きに目を見張った。あの絶対服従だった底辺のポーターが、実力者であるはずのガルドを突き飛ばし、尻もちをつかせたのだ。


 ルカ自身も少し驚いたように自分の両手を見つめたが、すぐに表情を引き締め、床で痛そうに顔を歪めるガルドを見下ろした。


「……二度と、僕に近づかないでください」


 ルカはそれ以上反撃をすることなく冷たく言い放つと、うめき声を上げるガルドを一瞥(いちべつ)もせずにクエスト掲示板へと向き直り、一枚の羊皮紙を剥がし取った。


『うおおおおおおおお!!!!!』

『ルカきゅんカッコよすぎいいいいい!!!』

『クズリーダーざまぁwwwww』

『見事なカウンター突き飛ばしwwww』

『俺のギフトのおかげだぜ!!』


 自世界でコメント欄の爆発を見届けたカナタは、満足げに小さく息を吐いた。


「……やるじゃねぇか。これなら、俺が介入するまでもねぇな」


「ちぇっ、オレもガブッといきたかったぜ」


 カナタの肩の上で、ガブが少し残念そうにボヤいた。


 これまでの視聴者数突破と魔物討伐によって貯まった、15万ポイントを超える残高。そして、自分の足で前へと進み始めた異世界の相棒。


 カナタは手元の資料をカバンに押し込むと、意気揚々とボロアパートを後にした。


 向かった先は、駅前にある小綺麗な不動産仲介業者だ。


 高校生が一人で部屋探しに来たことで、担当の営業マンは最初は露骨に(いぶか)しげな顔をした。


「あの、未成年の方ですと、親御さんの同意や保証人が必要に……」


「事情があって一人暮らしなんです。親の代わりとして、法人から毎月安定した振り込みがあるんですよ。ほら、ここ数日の履歴を見てください。初期費用は全額払えますし、審査の通りやすい物件でお願いします」


 カナタがスマホの画面を見せ、謎の法人『ビュワー・システム』からの連日の入金履歴をチラつかせた瞬間、営業マンの目の色が劇的に変わった。


「……っ! かしこまりました! セキュリティ完備、防音性の高い角部屋で、即日入居可能な素晴らしい物件がございます!」


 現金の力は偉大だった。保証会社の審査も適当な理由をつけてあっさりと通り、トントン拍子で話は進んでいく。


 数時間後、カナタの掌には、オートロック完備のマンションの真新しい鍵が握られていた。


「さぁて、拠点(ベース)も整ったし……ルカの奴も次のステージに進むんだ。俺も、もっと本気で『攻略(プレイ)』してやらないとな」


 真新しい綺麗な部屋の窓から街を見下ろし、カナタはニヤリと笑った。


 次元の壁を隔てた二人の底辺は、今、確実に反撃の狼煙(のろし)を上げた。


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