第4話:地上への帰還と、特大ボーナス!
築四十年のボロアパートの一室で、神崎彼方(カナタ)は至福の吐息を漏らしていた。
ちゃぶ台の上に並んでいるのは、コンビニで買ったツナマヨおにぎり二つと、プレミアム・フライドチキン、そして大容量のコーラ。
「……こんな贅沢、久しぶりだ……」
カナタはツナマヨおにぎりとフライドチキンを交互に口に運び、脂の旨味とマヨネーズの酸味をコーラで一気に流し込む。
「くぅ〜、染みるぜ……」
数時間前まで全財産三千円ぽっちで、泥水を啜るしかないと思っていたどん底の生活が、まるで嘘のようだった。
「ほらガブ、お前には何と、これだ」
カナタが袋から取り出したのは、厚切りのビーフジャーキーだった。
「おおっ!?」
「実は今日買った中でこれが一番高い。四百円超えの高級品だぞ」
「わかってるじゃねーか相棒!」
ガブは両手(前足)で器用にジャーキーを持ち、幸せそうに齧り始めた。
「この『びーふじゃーきー』ってやつ、結構美味ぇな! 噛めば噛むほど味がするぜ!」
「だろ? ゆっくり食えよ」
食事中、カナタはふと右目を手で覆い隠し、じっと虚空を見つめた。
「……よし。今は第八層か。モンスターに遭わずに順調に進めてるみたいだな」
「お前、さっきから何で片目押さえてんだ?」
不思議そうに首を傾げるガブに、カナタはフライドチキンを囓りながら答える。
「こうやって片目を塞いだ方が、脳内に直接映るあっち(異世界)の映像に集中できるし、開けてる方の目でこっち(自世界)の状況も把握できるからな」
「へぇ、器用なことするな。……そういや、一般の視聴者は普通にスマホの画面越しにしか映像を見られないんだぜ? 視界に直接、異世界に全方位没入するような映像が見えるのは『メンバー』だけの特権だぞ」
「……おい。そういう重要なこと、もっと早く言えよ」
「わりぃ、忘れてた」
悪びれもなくジャーキーを咀嚼するガブに、カナタは呆れたようなため息をつく。
(……ルカの奴、このまま無事に地上まで辿り着けるか心配だな……)
いくら自分が干渉できるとはいえ、一歩間違えれば即死する世界で、あいつから目を離すのが不安で仕方なかった。
そんなカナタの心中を見透かしたように、ガブが鼻を鳴らす。
「ルカが心配なのはわかるが、四六時中ずっと監視し続けるなんて不可能だろ。お前もメシ食って寝ねぇと死ぬぞ」
「……まぁ、そりゃそうだが」
「安心しろ。ルカの周囲に一定以上の脅威度を持つ敵が近づいたら、ナビゲーション・ユニットであるオレが即座にアラートを鳴らしてやる。それまでは映像を切って、ゆっくり寝てろ」
「……そっか。有能じゃねーか」
「へへん、もっと褒めていいぞ」
食事を終えたカナタは、ガブの言葉に甘えてスマホのアプリを完全に落とした。
途端に、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、強烈な睡魔が襲ってくる。考えてみれば、不良にボコられ、異世界のバケモノ相手に脳をフル回転させ、感情のジェットコースターに乗っていたのだ。疲労は限界に達していた。
カナタは万年床の布団に倒れ込むと、泥のように深い眠りに落ちていった。
◆ ◆ ◆
数時間後。
「おいカナタ、起きろ! そろそろ映像を繋いでみろ。あいつ、ようやく『地上』に着くみたいだぞ」
ガブの声が耳元で響くが、カナタは「むにゃ……あと五分……」と寝返りを打つだけだ。全く起きる気配がない。
「……起きねぇな。しゃーねぇ」
ガブはニヤリと笑い、カナタの鼻先に小さな牙を剥いた。
「ガブッ、といくぜ」
「いてぇええええええええええええええ!?」
鼻先を鋭く噛まれたカナタは、悲鳴と共にガバッと布団から跳ね起きた。
「痛ぇ! バカ、もっと普通に起こせ!」
「起きたならさっさと視界を繋げ。ついに地上に出るぞ」
カナタが涙目でスマホのアプリを開き、視界を繋ぐと、映像の向こう側では、ちょうど重厚な石造りの門が押し開かれ、眩い太陽の光がルカの全身を包み込むところだった。
「……っ、あ……」
肺に満ちる、カビ臭くない外の空気。肌を撫でる温かい風。
大粒の涙が、ボロボロの衣服を濡らしていく。
ルカは顔を覆っていた手を震わせながら、ポツリとこぼした。
「……生きてる。僕、本当に……地上に出られたんだ……っ」
そんなルカの姿に、数千人のリスナーたちも歓喜に沸いていた。
『うおおおおお! 地上だああああ!』
『ルカきゅんお疲れえええええ!!』
『888888888888』
『ガチで死ぬかと思ったけど、生還したな!!』
『赤文字様がいなかったら絶対11層で死んでたわ』
『10層でのアビスナイト戦の活躍見てないのかよ』
『古参アピールおつww』
コメント欄が歓喜に沸く中、ルカはゆっくりと立ち上がり、街の中心にある『冒険者ギルド』へと足を引きずりながら向かった。
クエストの失敗報告と、何より安全な宿で休むためだ。
酒場が併設されたギルドの扉を開けると、昼間から冒険者たちの喧騒と酒の匂いが充満していた。
ルカが受付へ向かおうとした、その時。
「——だから信じてくれよ! マジで第十層に『深淵の黒騎士』が出たんだって!」
聞き覚えのある苛立った声に、ルカはピタリと足を止めた。
ギルドの隅のテーブル席。そこには、ルカを囮にして見捨てた元パーティのリーダー、剣士のガルドがジョッキを片手に管を巻いていた。
「俺たちはあいつと真っ向から戦ったんだ! だが、荷物持ちのルカがドジを踏んで奴の攻撃に巻き込まれてな……。俺たちが助けようとした時には、もう手遅れだったんだよ……!」
嘘八百の武勇伝を、悲劇のヒーローぶって語るガルド。
「ええ、私たちも必死に戦ったんですけど……ルカさんが、自分が残るから先に逃げろって……」
「かわいそうだけど、冒険者の才能がなかったのよ、あの子」
魔法使いのミレアと僧侶のリリスも、悲しそうな顔を作りながらそれに同調している。
だが、彼らの本音は別のところにあった。
「(……クソッ、ルカの【配信】スキルが無くなったせいで、浅い階層のゴブリン相手にも不意打ちを喰らうようになっちまった。俺の鎧も傷だらけだ。早く代わりの索敵係を見つけねぇと……)」
ガルドが忌々しげに舌打ちをする。
その光景を柱の陰から見ていたルカの拳が、微かに震えた。
自分を利用するだけ利用し、都合よく殺したことにして保身に走る彼らの姿に、絶対に許せないというどす黒い感情が湧き上がってきたのだ。
『は? なにこいつら。主人公見捨てたクズどもじゃん』
『自分から逃げたくせに武勇伝語ってて草』
『うっわ、マジで胸糞悪いNPCだな』
『赤文字様! こいつらぶっ殺すようルカに指示出してくれ!』
『ざまぁしてくれるなら絶対毎日見るから!!』
古参リスナーたちはルカの過去ログ(回想シーン)をシステム機能で見ていたため、ガルドたちへのヘイトを一瞬で爆発させた。
「落ち着けよ、お前ら。……気持ちはわかるが、今はまだあいつらに直接手出しできる状況じゃねぇ」
自世界で鼻をさすりながら、カナタは冷静に呟いた。
だが、索敵という絶対的なアドバンテージを失った彼らが、この先どれだけ悲惨な末路を辿るかなど、ゲーマーのカナタからすれば火を見るよりも明らかだった。
(……そうだ。僕はもう、彼らの仲間じゃない)
ルカは小さく深呼吸をすると、ガルドたちに声をかけることなく、静かにギルドの裏口から安宿へと向かった。
◆ ◆ ◆
「よし、ルカが宿に入って安全を確保したな。お疲れさん」
ガブが尻尾を振りながら、食後の毛づくろいを始める。
「ああ。これでようやく一息つける……。ところでガブ、今の視聴者数はどうなってる?」
カナタは空中のUIを操作し、配信のステータス画面を開いた。
そこに表示された数字を見て、カナタは思わず目を疑った。
【 現在の視聴者数: 48,200人 】
「よ、4万8千人!? 俺が寝る前は五千人だっただろ!?」
「驚くのは無理もねぇな。だが当然の結果だ」
ガブがニヤリと笑う。
「お前ら人間にとって『現金がタダで手に入る』ってのは最高の蜜だからな。SNSやネット掲示板で『マジで現金化できる謎の神アプリがある』って噂が爆発的に広まったんだよ。しかも、そろそろ視聴者が5万人を突破するぞ」
ガブの言葉にカナタが視線を向けると、カウンターが凄まじい勢いで回っていた。
【 現在の視聴者数: 49,980人 】
【 現在の視聴者数: 49,995人 】
【 現在の視聴者数: 50,012人 】
「おっ、超えたな。5万人達成だ」
ガブが尻尾を揺らすと同時に、軽快なシステム音が鳴り響いた。
「『5万人突破ボーナス』が配布されたぜ。一般視聴者には6千ポイントだ。当然、お前はその10倍の6万ポイントがもらえるってわけだ」
「ろ、6万……!」
カナタは慌てて視界の右下にあるWallet残高を確認した。
システム文字がカシャカシャと音を立てて更新されていく。
【 Wallet残高計算中…… 】
・前回のWallet残高: 51,000 pt
・ポイント換金: − 30,000 pt
・5万人突破ボーナス: + 60,000 pt
【 現在のWallet残高: 81,000 pt 】
「8万1千ポイント……!」
カナタは震える口元を歪め、歓喜の笑みをこぼした。
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