第3話:現金化(リアルマネー)と、狂信者たちの誕生
「ギ、ヂィイイイ……ッ」
自らの引き寄せる力で頭部を粉砕された迷宮蜘蛛は、痙攣したのち、緑色の体液を撒き散らしてドサリと崩れ落ちた。
地下迷宮に、再び静寂が訪れる。
「はぁっ……はぁっ……!」
ルカはその場にへたり込み、荒い息を吐いた。震える手で自身の身体を触り、無傷であることを確認する。
(勝てた……。僕が、魔物を倒した……!)
たった一人では絶対に勝てなかった怪物。だが、脳内に響く『あの声』に従っただけで、傷一つ負うことなく一方的に屠ってしまったのだ。
同時に、自世界のカナタの視界にも、無機質なシステムウィンドウが浮かび上がった。
【 配信者が『迷宮蜘蛛(Dランク)』の討伐に成功しました 】
【 討伐報酬をリスナーへ分配します 】
「よし、よくやったぜカナタ! これで初報酬ゲットだ」
自世界の路地裏。カナタの頭の上にふわりと着地した使い魔のガブが、鼻高々に尻尾を揺らした。
「報酬……? さっきのポイントのことか?」
「あぁ。ルカが魔物を倒すと、その魔物の素材価値や脅威度に応じたポイントがリスナー全員に分配されるんだ。今回はDランク魔物だから、一般視聴者には一人あたり一律『1000ポイント』がバラ撒かれる」
ガブはニヤリと笑い、カナタの顔を覗き込んだ。
「そして、メンバー特典その3だ。ルカが魔物を倒すと特権として一般視聴者の10倍……『10000ポイント』が、お前には振り込まれるぜ」
カナタの視界の右下で、システム文字がカシャカシャと音を立てて更新される。
【 Wallet残高計算中…… 】
・初回ボーナス: 50,000 pt
・スーパーチャット消費(3回): − 9,000 pt
・迷宮蜘蛛(Dランク)討伐報酬: + 10,000 pt
【 現在のWallet残高: 51,000 pt 】
「5万1000ポイント……つまり、5万1000円。これが全部、俺の金……?」
カナタは泥だらけの手でスマホを握りしめ、ごくりと喉を鳴らした。
たった数分の出来事だ。底辺高校生の自分からすれば、大金と呼べる額があっという間に手に入ってしまった。
「……ガブ。このポイント、今すぐ引き出せるのか?」
「あぁ。だが、ポイントを変換するシステムに干渉するには、さっきみたいにオレがお前と物理的に『接続』してパスを通さなきゃならねぇ」
「……またかよ!」
カナタが嫌そうな顔をした瞬間、ガブが嬉々としてカナタの指先に飛びついた。
「ガブッ、といくぜ」
「い、痛ぇッ!!」
指先に走る鋭い痛みと共に、再びシステムとの接続が完了する。
(……換金、か)
カナタは視界に浮かぶ『Viewer』アプリのUIを操作し、【ポイント換金】の項目を選択した。試しに『30,000』と数値を入力し、実行ボタンを押す。
口座番号を登録するような面倒な手続きは一切なかった。謎のアプリ『Viewer』は、カナタのスマホ内のシステムとすでに完全に同化しているのだ。
換金ボタンを押した次の瞬間。
——ピコンッ。
手に持っていたスマホが震え、銀行アプリからのプッシュ通知がポップアップした。
『【振込入金のお知らせ】 ビュワー・システム様より 30,000円 の入金がありました。残高:30,014円』
「……っ!!」
カナタは目を見開いた。
本物だ。これは夢でも幻でも、質の悪い悪戯でもない。
腹を空かせ、借金取りに怯え、明日の飯代にも困窮していたカナタの口座に、間違いなく『現金』が振り込まれたのだ。
「は、ははっ……すげぇ……。これで、飯が食える……!」
カナタの胸の奥で、泥水のように濁っていた感情が、熱烈な歓喜へと変わっていく。
一方で、この事実に気づき始めたのはカナタだけではなかった。
『え、なんか画面の端に1000ポイント入ったんだけど』
『俺も。なにこれ? 換金ってどうやんの?』
『てかポイントどこで確認できんのこれ』
『おいマジでそのまま現金にできたわwww 口座に1000円入ったwww』
『え、マジ!? 俺もやってみよ!』
『マジかよ、今見始めたばかりなんだけど! 蜘蛛倒した報酬? 貰えてないわクソが!』
『すげえ! 見てるだけで小遣い稼げる神アプリじゃん!!』
配信のコメント欄が、先ほどの戦闘以上の熱狂的な勢いで流れ始めた。
ただのゲーム実況だと思っていた数千人のリスナーたちが、『視聴しているだけでリアルマネーが稼げる』という規格外のシステムに気づいてしまったのだ。
「……おいガブ。こいつら、お前に噛まれなくても換金できるのか?」
カナタがジト目で使い魔を睨む。
「あぁ、一般視聴者は噛まれなくても換金できるぞ。オレと物理接続しなきゃならないのは、次元の壁を越えて干渉する『メンバー』のお前だけだからな」
「なんだそれ! 痛い思いすんの俺だけかよ!」
「文句言うなよ。その分、もらえる額が10倍なんだからな」
ガブがフン、と生意気に鼻を鳴らす。
そんなカナタの不満をよそに、画面の向こうのコメント欄はさらに加速していた。
『てか、主人公が勝てば俺らも儲かるってことだよな?』
『じゃあ、さっき主人公に指示出してたあの【赤文字】のおかげじゃん!』
『赤文字様! 次も現れてくれ! 俺らに小遣い稼がせてくれ!!』
『ルカきゅん頑張れ! さっきの身のこなし最高だったぞ!』
人間の『金銭欲』ほど強力な熱狂の引き金はない。
未知のアプリへの警戒などすっかりなくなり、リスナーたちは手のひらを返したように、勝利へ導く指示を出すカナタ(赤文字)を持ち上げ、ルカを応援し始めた。
「……ふん。どこの世界も、現金な奴らばかりだな」
カナタはコメント欄の熱狂を見てニヤリと口角を上げた。だが、これは好都合だ。リスナーが盛り上がれば盛り上がるほど、自分の手に入る報酬の桁も跳ね上がっていくのだから。
「よし。行くぞガブ。このままルカを上の階層へ導く」
「おいおい、あんまり調子に乗るなよ。あいつが死んだらポイントも入らなくなるんだからな」
「わかってるよ」
——異世界、地下迷宮。
ルカは息を整え、折れかけた剣を拾い直して歩き出していた。
第十一層から上層への階段を見つけ、暗い回廊を慎重に進んでいく。
カナタは視界の端に表示されている『マップUI』に目を落とした。そこには、迷宮の地形と共に、動く赤い点が三つ表示されている。
『——止まれ。その先の十字路、右から三体のモンスターが近づいてきている』
「っ……!」
脳内に響いた声に、ルカはピタリと足を止めて壁の陰に身を潜めた。
数秒後、コツコツという足音と共に、粗末な武器を持った小鬼の群れが十字路を通り過ぎていく。ルカには全く気付いていない。
『やり過ごすぞ。奴らが完全に通り過ぎてから、三秒後に直進だ』
「……はい」
ルカは心の中で「1、2、3」とカウントしてから、音を立てずに十字路を直進した。
もしルカ一人なら、パニックになって見つかり、多勢に無勢で殺されていただろう。だが、カナタの持つマップUIと完璧なタイミングの指示があれば、敵と遭遇することすらない。
『え、なんで敵がいるってわかったの?』
『赤文字すげえ。透視でもしてんのか?』
『完全に敵の位置把握してて草』
リスナーのコメントを読んだカナタは、怪訝な顔でガブを見た。
「なあガブ。こいつらのコメント……もしかして他の視聴者には、この視界の端の『マップ(敵の赤点)』が見えてないのか?」
「あぁ、それがメンバー特典その4だ。メンバーにはマップが表示されて、敵の位置とか階層の情報なんかが丸見えになるんだよ」
ガブが短い尻尾を振りながら、悪びれも無く答える。
(こいつ、絶対忘れてただろ……。案外適当だな)
カナタは呆れながらも、自分がどれだけ圧倒的に有利な立場にいるかを再認識した。
一方、コメント欄では敵をやり過ごすルカの動きに対する、身勝手な不満の声も上がり始めていた。
『え、やり過ごすの? 倒そうぜ!』
『ゴブリン倒してポイント稼いでくれよーww』
『主人公ガクブルで草。しゃーない、今は生き延びるの優先か』
『でも迷いないから無駄な動き一切ないな。見つからずにスルーできたし』
『この赤文字の人、ガチで有能な司令塔じゃん』
ルカ本人は「見つかったら殺される」と必死に怯えながら歩いているだけなのだが、カナタのマップUIによる無駄のない誘導と、必死に指示に従うルカの奇妙な従順さが相まって、リスナーたちには『完璧なコンビプレイ』に映り始めていた。
(いいぞ、その調子だルカ)
現実世界で泥を払いながら歩き出すカナタは、次々と上の階層へと進んでいくルカの姿に、確かな手応えを感じていた。
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