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第2話:使い魔の誕生と、初めての報酬


「おいカナタ! テメェ、こんな時にどこ見てんだ!?」


 泥水に突っ伏した神崎彼方(カナタ)の頭上から、不良グループのリーダー・竜牙の怒声が降ってくる。


 竜牙には、カナタが虚空をぼんやりと見つめているようにしか見えない。自分の言葉を無視されたと感じた竜牙は、顔を真っ赤に紅潮させ、カナタの顔面めがけて右の拳を力任せに振り抜いた。


「……いてぇな」


 路地裏に、少し高くて生意気な声が響いた。


 眼前に迫っていたはずの竜牙の拳は、カナタの鼻先わずか数センチの空中で、ピタリと静止していた。


 カナタの足元に落ちていたスマホから飛び出した白い獣が、小さな肉球で拳をガッチリと受け止めていたのだ。


「な、なんだッ……!? おい、離せッ!」


 竜牙がパニックを起こしたようにわめき散らす。しかし、彼の視線は宙を泳いでおり、白い獣を全く捉えていない。


「えっ、竜牙くん!? どこかで釘でも引っ掛けたんじゃないの?」


 ギャルのマイも怪訝な顔をしているだけだ。どうやらこの生き物は、カナタの目にしか映らないらしい。


 猫のような丸みを帯びた愛くるしいフォルムに、頭部から背中にかけて立派な(たてがみ)を生やしている。


「カナタに気安く触んじゃねーよ」


 白い幼獣は生意気に鼻を鳴らすと、空中に静止した竜牙の拳に、小さく鋭い牙が並んだ口を大きく開け——


「ガブッ、といくぜ」


 一切の容赦なく、竜牙の人差し指の付け根に深く噛み付いた。


「——痛っ!?」


 竜牙が悲鳴を上げて飛び退く。見えない何かに噛まれたような鋭い痛みが走り、人差し指の付け根からタラリと血が滲み出していた。


「い、いてぇッ! な、なんだこれ、急に指が切れたぞ!?」


「ええっ、竜牙くん血出てるじゃん!」


「気味悪ぃ! 行くぞマイ!」


 竜牙は得体の知れない現象に恐怖を感じ、血の滲む手を押さえながら、マイを引っ張ってそそくさと路地裏から逃げていった。


 遠ざかる足音を聞き流し、白い幼獣はペッと口に含んだ血の味を吐き捨てた。空中で器用に宙返りをし、カナタの目の前にふわりと着地する。


 カナタは痛む腹を押さえながら、濡れたアスファルトからゆっくりと立ち上がった。


「……お前、一体何なんだ」


 カナタの問いかけに、白い幼獣は短い尻尾を揺らし、小さな胸を張って答えた。


「オレは『メンバー限定』の特典その1。ナビゲーション・ユニットの使い魔、『ガブ』だ。よろしくな」


「使い魔……。じゃあ、さっきのアプリも、俺の視界に見えてるこの映像も、全部現実(リアル)だって言うのか……?」


「その通りだぞ。お前は今、次元の壁を越えて、ルカの魂と直通のメンバーシップに加入したんだ」


 ガブはニヤリと笑うと、短い前足でカナタの視界の端を指差した。


「それよりカナタ、ここを見てみろ。数字がすげぇ勢いで動いてるだろ?」


 言われてカナタが視界の隅に意識を向けると、そこには【現在の視聴者数】というカウンターが表示されていた。


 数字は秒単位で跳ね上がり、今まさに『5,000人』の大台を突破したところだった。


「世界中の奴らのスマホに、この謎のアプリが強制配信されてる。まぁ、大半の人間は気味悪がって開いてねぇか、まだ気づいてないけどな。開いた物好きどもは、これを『超絶リアルな新作ゲームの配信』か何かだと勘違いして、こぞって見に来てるんだ」


「5000人……。それがどうしたんだ?」


「このアプリでは、視聴者数や配信の盛り上がりに応じて、リスナー全員にポイントが与えられるんだ。ほら、ちょうど『初回5000人突破ボーナス』が配布されたぜ。一般視聴者には5000ポイントだ」


 ガブがそう言うと、カナタの視界の右下にシステム文字が浮かび上がった。


【 Wallet残高: 50,000 pt 】


「……は? 5万? 5000じゃないのか?」


「ここからがメンバー特典その2だ。唯一のメンバーであるお前には『獲得ポイントの大幅な上昇補正(10倍)』が掛かってる。しかもこのポイント、現実世界でお前の口座に『1ポイント=1円』としてそのまま換金できるんだぜ」


「なっ……!」


 カナタは絶句した。たった今、自分は一瞬にして5万円を手に入れたというのか。


「驚くのはまだ早いぜ。配信がバズってリスナーが増えれば増えるほど、ボーナスも跳ね上がっていく。こっちの世界でお前は大富豪になれるってわけだ」


 画面越しの指示一つで、莫大な富を生み出す。

 その規格外の仕様にカナタが息を呑んだ時だった。


 視界の端で、爆発的に増え始めた視聴者たちのテキストコメントが滝のように流れ始めた。


『さっきの黒い騎士のグラフィック、えぐすぎだろww』

『てかこのアプリ何? 勝手にインストールされてたんだけど。ウイルス?』

『謎の新作ゲームらしいぞ』

『それより主人公(?)落ちて助かったみたいだけど、あの直前の赤い文字は何だったの?』

『あー、「伏せろ」ってコメント流れたよな? 運営の演出?』

『なんかよくわからんけどスゲェ映画見てる気分』


 リスナーたちは先ほどの死闘に興奮しつつも、この配信の正体や、突如現れたスーパーチャット(赤文字)についてひどく戸惑っているようだった。


「奴ら、さっきお前が出したスーパーチャット(赤文字)を運営の演出だと思ってやがる」


 ガブが鼻で笑い、ARとして重なって見える異世界へのウィンドウを指差した。


「……っと、ちょうどいいタイミングで、ルカの奴が目を覚ましたみたいだぞ」


 ——異世界、地下迷宮・第十一層。


 視界の中央では、崩落した瓦礫の山からルカが這い出し、激しく咳き込んでいた。全身の骨が軋み、腹部の傷口から血が流れているが、一命は取り留めたらしい。


「げほっ、ごほっ……! い、生きてる……? 夢じゃ、ない……」


 ルカは震える手で自身の身体を抱きしめ、虚空——つまりカナタの視線があるであろう方向に向かって、痛む胸を押さえながら深く祈りを捧げていた。


「神様……。本当に、神様が見ていてくれたんだ……!」


(……助かったのか。本当によかった……)


 カナタは深い安堵の息を吐き、冷静に視界のマップUIを確認する。


(ルカが落ちたここは第十一層……。ここから上の階層へ導いて、地上まで脱出させればいいんだな)


 カナタが道筋を計算した、まさにその時だった。


 カサカサ……カサカサカサッ……!


 視界の向こう。暗がりから不気味な足音が響き、瓦礫の陰から複数の赤い眼光がぬらりと光った。


 姿を現したのは、体長二メートルを超える巨大な蜘蛛の魔物だった。


【 Target : 『迷宮蜘蛛ラビリンス・スパイダー』/ 脅威度:Dランク 】


 先ほどの深淵の黒騎士(アビス・ナイト)のような、浅層にいるはずのない理不尽な厄災ではない。この第十一層に生息する、適正レベルの魔物だ。


 だが、戦う力を持たないルカにとっては、十分に死を意味する怪物だった。


「ひっ……!? い、嫌だ……こっちに来ないでくれ……! 助けて……誰か……ッ!」


 ルカはガチガチと歯の根を鳴らし、後ずさる。先ほどの死の恐怖がフラッシュバックし、足がすくんでまともに立つことすらできていない。


『うわ、今度はキモい蜘蛛出た!』

『主人公、ボロボロじゃん。武器もないし』

『詰み乙。完全な初見殺しイベントだろこれ』


 リスナーのコメントが流れる中、ルカの口から乾いた絶望の音が漏れる。巨大な蜘蛛が、ルカを捕食しようと鋭い牙から毒液を滴らせた。


(……このままじゃ、あいつが喰われる)


 カナタの天才的なゲーマーとしての脳髄が、極限の演算を開始する。


 迷宮蜘蛛の重心の沈み込み。周囲の地形。そして、ルカの足元に転がっている『先ほど一緒に落ちてきた松明の残骸』。


(蜘蛛の弱点は火と光だ。なら、あの火種を使って——!)


 頭の中に完璧な必勝の『攻略法』がある。


「解決策はわかってる! ガブ、さっき手に入れたポイントを使って『スーパーチャット』を打てば、あいつに指示を出せるんだな!?」


「あぁ、よくわかってるじゃねーか。けど、ポイントを使ってシステムに干渉するには、ナビゲーション・ユニットのオレがお前と物理的に『接続』して、魔力パスを通さなきゃならねぇ」


 ガブはカナタの右手の指先にピタリとくっつき、鋭い牙を剥き出しにした。


「ガブッ、といくぜ」


「……やれッ!!」


 ガブの牙が、カナタの人差し指に深々と突き刺さった。


「——痛っ!!」


 強烈な痛みが走ると同時に、カナタの血液が沸騰したかのような異常な熱量が、指先から全身の血管を駆け巡った。


 ガブの体に流れる魔力エネルギーが、自世界のカナタと異世界のルカを強制的に繋ぎ合わせる。


【 システムとの物理接続を確認 】

【 ポイントの使用権を獲得しました 】

【 3,000ポイントを消費し、『スーパーチャット(有償コメント)』を送信しますか? 】

▶ YES


(よし……!)


 カナタは発光する右手を強く握り締め、画面の向こうで震えるルカへ向けて、世界をひっくり返すための指示を放った。


 ——地下迷宮。


 迷宮蜘蛛が毒牙を剥き出しにし、ルカへ向かって跳躍したその瞬間。


『——目を逸らすな! 右へ転がり、足元に落ちている松明の火種を奴の顔面に投げつけろ!』


 ルカの脳内に、先ほど自分を救ってくれた『あの声』が再び響き渡った。


 それはただの音声ではない。ルカの視界を一切邪魔することなく、脳髄に直接刻み込まれる絶対の神託。


 同時に——自世界でこの配信を見ていた5000人の視聴者のスマホ画面には、ひときわ目立つ【巨大な赤文字】のコメントが表示された。


【 右へ転がり、足元に落ちている松明の火種を奴の顔面に投げつけろ! 】


『は? なんだまたこの赤いコメント!?』

『誰か指示出してんぞ!?』

『ってか、本当に足元に火種落ちてるじゃん!! よく気づいたな!』


 視聴者たちのざわめきなど知る由もなく、ルカは声の主を信じて地を蹴った。


「……っ! はいっ!」


 ルカは一切の躊躇なく、指示された通りに身体を投げ出した。


 右へ転がりざまに、瓦礫に紛れていた松明の燃え残りを掴み取り、迫り来る迷宮蜘蛛の顔面めがけて思い切り投げつける。


 バチィッ! と火の粉が弾け、蜘蛛の八つの眼のいくつかを焼いた。


「ギィイイイイッ!?」


 火と強い光を嫌う迷宮蜘蛛が、苦悶の声を上げて大きく怯む。


 だが、Dランクの魔物がその程度で死ぬはずもない。怒り狂った蜘蛛は即座に体勢を立て直し、獲物を捕縛すべく、腹部から粘着性の強靭な糸を凄まじい勢いで射出してきた。


(来やがった。蜘蛛型モンスター特有の『捕縛糸』……!)


 カナタの頭脳が、敵の習性の先を読み切る。


 あの糸は一度くっつけば絶対に離れないが、引き寄せる軌道は常に『直線』だ。


 カナタは即座に画面をタップした。


【 3,000ポイントを消費し、『スーパーチャット(有償コメント)』を送信しますか? 】

▶ YES


『避けずに、足元にある分厚い瓦礫を拾って正面に構えろ!』


「わ、分かりました……! これですね……ッ!」


 脳内に響く声。ルカは恐怖で足がすくみそうになりながらも、決して疑うことなく、足元に落ちていた重たい瓦礫を両手で持ち上げた。


 直後、ベチャァッ! という嫌な音と共に、迷宮蜘蛛の太い糸が瓦礫に張り付く。


 獲物を捕らえたと錯覚した蜘蛛が、凄まじい筋力で『糸』を一気に手繰り寄せた。


「うわぁっ!?」


 凄まじい牽引力に持っていかれそうになり、ルカはたまらず瓦礫から手を離し、横へ転がった。


 結果、何が起きたか。


 蜘蛛が全力で引き寄せたのは、ルカの肉体ではない。重厚な石の塊だ。


 ピンと張った糸の軌道上を、分厚い瓦礫が猛スピードで滑空し——勢いよく手繰り寄せた蜘蛛自身の顔面へと、カウンターのように深々と激突した。


「ギ、ヂィイイイ……ッ」


 自らの引き寄せる力で頭部を粉砕された迷宮蜘蛛は、痙攣したのち、緑色の体液を撒き散らしてドサリと崩れ落ちた。絶命だ。


『うおおおおおっ!?』

『すげえ! 糸で引き寄せる習性を利用して、瓦礫をぶち当てたのか!』

『あの赤文字、敵の動き完全に読み切ってね?』

『ヤバい、鳥肌立った。この赤文字の人、マジの天才だろ……!』

『ルカきゅんも指示に1ミリも躊躇しないのカッコよすぎ!!』


 配信のコメント欄が、爆発的な勢いで加速していく。


 どん底から這い上がる天才ゲーマーと追放少年の、世界を熱狂させる『神配信』が今、幕を開けた。


読んでいただき、ありがとうございました!

明日も更新するので

もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。

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