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第1話:底辺ゲーマーと、異世界配信


 地下迷宮の第十層。一切の光が届かない真っ暗な回廊を、荷物持ち(ポーター)の少年・ルカはたった一人で歩いていた。


 頼りになるのは、片手に持った小さな松明の灯りだけ。冷たい石畳を踏む自分の足音すら、鼓膜に痛いほど響く。極度の緊張で、喉はカラカラに乾いていた。


『——あははっ、ガルドってば意地悪だなぁ。あんなにビクビクしてるのに』


 不意に、スキルを通してルカの脳内に女の笑い声が響いた。


 パーティのメンバーである魔法使いのミレアだ。彼らは今、ルカから遥か後方——絶対に魔物に気づかれない安全圏にいるはずだ。


 ルカの持つ固有スキル【配信】。

 それは、自らの『視界』と『声』を、特定の相手の脳内に直接繋ぐ能力だ。


『仕方ねえだろ? 俺たちみたいなエリートが、索敵で体力消耗するわけにはいかねえんだよ』


 リーダーである剣士ガルドの声が続く。


『今までもこうやって上手くやってきただろ? もし魔物が出たら、俺たちがすぐに駆けつけて後ろからぶっ殺してやる。お前は俺たちの大切な「眼」だ。安心して先を歩け』


『ええ、もしルカさんが傷ついても、私がすぐに回復魔法で治療してあげますから。安心してください』


 僧侶のリリスも、優しい声色でそう言い含めてくる。


(……そうだ、今までもこうして上手くやってきたじゃないか)


 ルカは胸の奥の不安を押し殺し、震えそうになる心を必死に落ち着かせた。


 自分には戦う力も才能もない。でも、こうしてスキルで仲間の安全を確保できている。傷つけば助けてくれる仲間がいる。そう自分に言い聞かせて暗闇を進み続ける。


 だが、回廊を抜け、天井の高い広大な空間へと足を踏み入れた瞬間——。


 空気が、凍りついた。


 松明の僅かな光が照らし出したのは、玉座のような瓦礫の山に座る、巨大な影。


 身の丈三メートルはあろうかという、漆黒の全身鎧。兜の奥で、二つの赤い眼光がぬらりと光り、明確にルカの存在を射抜いていた。


 完全に、気づかれている。


 そいつがゆっくりと立ち上がると、迷宮の空気が一気に重くなり、呼吸すら困難になるほどの圧倒的な死の気配が膨れ上がった。


深淵の黒騎士(アビス・ナイト)』。遭遇すれば熟練の冒険者すら一瞬で全滅すると言われる、生きた厄災。


 黒騎士が、自身の身の丈ほどもある巨大な大剣をズラリと引き抜く。


 一歩でも動けば、あの巨大な剣が飛んでくる。圧倒的な力量差の前に、ルカは完全に金縛りにあっていた。


(ガ、ガルド……! 出た……ヤバいのが出た……! 早く、助けてくれ……っ!)


 ルカは声を出さず、スキルを通して後方の仲間に助けを求めた。

 だが、脳内に響いたガルドの声は、先ほどの余裕が嘘のように引き攣っていた。


『……おいおい嘘だろ、なんでこんな浅層にアビス・ナイトがいんだよ! 勝てるわけねえだろ!!』


『い、嫌ぁっ! 絶対無理! ガルド、早く逃げよう!? あんなのに関わったら私たちまで殺されちゃう!』


『そ、そうですわ! 早く!』


 パニックに陥ったミレアとリリスの声が、ルカの脳内に流れ込んでくる。


(え……?)


 彼らは、助けに来るどころか、すでに踵を返して走り出していた。


『おいルカ! お前、絶対にそこから動くなよ! アイツの動きをギリギリまで引きつけろ!』


『ごめんねぇルカ! 最後くらい、私たちの役に立って死んでね!』


 ドタドタと遠ざかっていく、仲間たちの無情な足音。


 お前はそこで囮になって、大人しく惨殺されろ。俺たちが安全に逃げるための、便利な使い捨ての肉盾として。


(……僕だって一流の『冒険者』になれる、俺たちがその夢を叶えてやるって……そう言ってくれたから、信じてたのに……!)


 絶望で視界が歪む。


 黒騎士が、ゆっくりと大剣を上段に構えた。避ける暇などない。巨大な鉄の塊が、無慈悲に振り下ろされる。

 刃がルカの肉に届く、ほんの数ミリ手前。


 死の恐怖による極限のショックで、脳内に繋がっていたガルドたちへの視界共有が、ブツンッ、と強制的に途切れた。


『——まずい、視界が途切れた! 時間稼ぎが死んだぞ! 追いつかれる前に逃げろ!!』


 遠く離れた回廊からの声が響き、そして静寂が落ちる。


 直撃こそ奇跡的に逸れたものの、大剣が床を砕いた衝撃波によって、ルカの身体はボロ屑のように吹き飛ばされていた。腹部が深く裂け、激痛が全身を支配する。


 薄れゆく視界の先で、黒騎士が本当のトドメを刺すために、再び大剣を振りかぶるのが見えた。


(僕は、こんな暗い場所で、誰にも知られずに……あんなクズ共の役に立って死ぬのか……?)


 ふざけるな。

 泣き喚きながら死ぬのだけは御免だ。


 ルカは、ふらつく両足で立ち上がり、折れかけた剣を両手で構えた。


 もし神様がいるのなら。誰でもいい、僕が自分の意思で足掻いて死ぬこの生き様を、どこかで見届けてくれ。


 死の淵で、ルカは残された最後の生命力を燃やし、宛先を失ったスキルを虚空へ向けて限界まで暴走させた。


(ああ、誰でもいい……。僕を、見てくれ……!)


 その瞬間、ルカの脳内に無機質なシステムメッセージが響いた。


【 条件達成:固有スキル『配信(オフエア)』が『配信(オンエア)』へ移行しました 】


 限界を突破した魔力が弾け、ルカの血塗られた視界と願いが、次元の壁の向こう側へと放たれた。


 ◆ ◆ ◆


 ——アスファルトの冷たさと、泥水に混じる鉄の匂い。


 現代日本。神崎彼方(カナタ)は、雨の降る薄暗い路地裏で、腹部への重い蹴りを受けて泥水の中に突っ伏していた。


「おいカナタよぉ。今日の『上納金』はどうしたって聞いてんだよ」


「あははっ! カナタくん、ドロッドロで超ウケるー。かわいそ〜」


 不良グループのリーダーである竜牙(りゅうが)の低い声と、彼の腕に抱きつくギャルのマイの嘲笑が雨音に混じる。


 カナタは泥にまみれた顔を歪めながら、じっと竜牙の動きを観察していた。


(……右肩が下がった。次のモーションは左の蹴り。予備動作がデカすぎる。踏み込みの瞬間に軸足を払えば、簡単に体勢を崩せる——)


 カナタの頭脳は、極限状態の中でも自動的に眼前の『状況』を解析していた。


 彼にとって現実(リアル)はただの理不尽なクソゲーに過ぎないが、世界中の猛者が集う数々の戦術シミュレーションゲームにおいて、カナタは常に『世界ランキング1位』に君臨する本物の天才ゲーマーだった。


 トップ層で戦い続けた彼の脳は、もはや無意識のレベルで相手のモーションやフレームを分析する「癖」が染み付いている。


 だが、悲しいかな。現実のカナタの身体スペックでは、脳が弾き出したカウンターの最適解に、肉体が1ミリも追いつかない。


「があっ……!」


 予測通りの軌道で飛んできた竜牙の靴が、カナタの脇腹に深々と突き刺さる。


「チッ、口先ばっかのクズが。じゃあ今持ってるもん全部出せや。おいマイ、こいつのポケット漁れ」


「えー、泥触んのヤダなぁ。ほら、出しなよ」


 マイが嫌悪感を露わにしながら、カナタの腕を蹴りつけた。


「痛っ……!」


(やめろ……それだけは……!)


 カナタは腹の下に隠したスマートフォンと古い財布を、泥水に塗れながら必死に死守しようと丸まった。


 蒸発した両親が押し付けた借金。明日の食べるものを買うために、昨日、大事にしていたゲーム機もソフトもすべて中古屋に叩き売ったばかりだった。


 財布に入っている三千円は、カナタが明日を生き延びるための、文字通りの『全財産』なのだ。


 だが、無情にもマイがカナタの制服のポケット周辺を乱暴に蹴り上げた。その衝撃で、ポケットからこぼれ落ちた二つ折りの古い財布が、偶然にも、仰向けになったスマートフォンの画面の上にピタリと重なるように落ちた。


 その時だった。


 真っ暗だったスマホの画面が明滅し、謎の黒いアプリ『Viewer(視聴者)』が起動する。


 そして、画面の上に乗っかっていたはずの財布が、まるで水面に落とした石ころのように、ずぶずぶと液晶画面の中へ『吸収』されていったのだ。


「……え?」


 カナタが呆然とした次の瞬間。


 ——ズシンッ。


 カナタの『脳内』に、直接、重厚な金属音が響き渡った。


「な、なんだ……!?」


 スマホの画面を見ているのではない。カナタの視界そのものに、見知らぬ「薄暗い石造りの部屋」の映像が、AR(拡張現実)のように直接表示されたのだ。


 視界の中央には、血だまりの中から立ち上がり、必死に抗おうとする一人の少年ルカ。その眼前には、処刑のための巨大な大剣を振り下ろそうとする漆黒の騎士。


 そして視界の端に浮かび上がった無機質なシステム・ログが、カナタの脳内に『直前の出来事』を強制的にフラッシュバックさせた。


【 過去ログ(直近3分)を同期します 】

『最後くらい、私たちの役に立って死んでね!』

『まずい、視界が途切れた! 時間稼ぎが死んだぞ!』


 ——映像に映る少年が、直前まで仲間に「囮」として見捨てられ、嘲笑われていたという事実。

 その光景が、泥水の中で理不尽に踏み躙られている今の自分の姿と、静かに重なった。


(こいつも……理不尽に踏み躙られてるのか……)


 パニックを起こすよりも先に、カナタの天才的なゲーマーとしての脳が、視界に浮かぶ洗練されたUIユーザーインターフェースの情報を瞬時に読み取っていた。


(……ボスのステータスは『解析不能』。まともに戦って勝てる相手じゃない。だが、視界に並ぶ巨大な石柱群……そして、UIの『3Dマップ』が示す階層構造。この部屋の真下には巨大な空洞がある)


 そして視界の右下には、先ほど吸い込まれたカナタの財布の残高が、システム文字で表示されていた。


【 Wallet連携完了:残高 ¥3,000 】

【 あなたのメンバーシップへの加入が受理されました。】

【 メンバー特権行使:『スーパーチャット』による配信者への直接介入が可能です。】


「……スーパーチャット、だと……?」


 カナタの呟きをかき消すように、現実の路地裏で竜牙の怒声が降ってくる。


「おいカナタ! テメェ、こんな時にどこ見てんだ!?」


 竜牙が再びカナタの顔面を蹴り飛ばそうと足を振り上げた。

 いつもなら、恐怖で目を瞑るはずだった。


 だが、カナタの視界の先では、圧倒的な死の刃が迫る中、それでも絶対に目を逸らそうとしないルカの瞳があった。


(待てよ……あの一本だけ、根本に深いヒビが入っている石柱がある。あそこまで誘導して、真下の空洞に落とせれば——)


 自分と同じように理不尽な現実に踏みにじられ、それでも絶望に対して牙を剥く、圧倒的な「抗う意思」。


(……死なせるかよ)


 カナタは、脳内に浮かぶ【スーパーチャット】のアイコンを、強く念じてタップした。


【 全額(¥3,000)を消費し、『スーパーチャット(有償コメント)』を送信しますか? 】

▶ YES


(俺の全財産……くれてやる!!)


 カナタは、脳内の思考を最速で言語化し、異世界へと叩きつけた。


 ——地下迷宮。


 ルカの脳天に黒騎士の大剣が触れる、まさにその刹那。

 ルカの脳内に、一切の感情を排した、しかし絶対的な正解を告げる『透き通るような男の声』が直接響き渡った。


『——右後ろのヒビ割れた石柱へ飛べ! 奴が横薙ぎに剣を振る瞬間に全力で伏せろ!』


(あの位置に陣取らせれば、巨大な大剣を振るう軌道は「横薙ぎ」に限定されるはずだ——!)


 誰の声だ? ガルドたちではない。その声には、有無を言わさぬ圧倒的な「理」があった。


 ルカの身体が、半ば反射的に声の通りに動く。

 右後方へ身を投げ出した直後、ルカが先ほどまでいた場所を、黒騎士の大剣が粉砕した。


 ルカは激痛に耐えながら転がり、指定された崩れかけの石柱に背を向ける。


 獲物を取り逃がした黒騎士が、怒りの咆哮と共にルカへ向けて突進してくる。大剣が水平に薙ぎ払われ、ルカの胴体を両断しようと迫る。


(伏せろ……!)


 声の指示通り、ルカが地面に這いつくばった瞬間、黒騎士の規格外の斬撃が、ルカの頭上を通り抜け——背後のヒビ割れた石柱に直撃した。


 轟音。迷宮の天井を支えていた太い石柱が根本からへし折れ、連鎖的に周囲の老朽化した石畳が巨大な音を立てて崩壊を始めた。


『……えっ?』


 ルカが気づいた時には遅かった。

 彼が背を預けていた一帯の床が、黒騎士の強烈な一撃によって完全に抜け落ちたのだ。


 崩落する瓦礫と共に、ルカの身体は真っ暗な奈落へと真っ逆さまに落ちていく。

 見上げれば、床が崩れ落ちた穴の縁で、黒騎士が忌々しげにこちらを見下ろしているのが見えた。


(……助かったのか……? あの声は、一体誰……)


 極限の安堵と共に、ルカの意識は暗い底へと沈んでいった。


 一方、現実世界の路地裏。


 視界に映る異世界の映像を通して、奈落へ落ちていくルカの姿を見たカナタは、泥水の中で目を丸くしていた。


「嘘だろ……。俺の全財産……本当に届いたのかよ」


 理不尽な現実(クソゲー)に生きる底辺の天才ゲーマーと、異世界で仲間に捨てられた底辺の少年。


 決して交わるはずのなかった二人の運命が、今、一つの配信を通して完全に繋がった。


読んでいただき、ありがとうございました!

もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。

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