『未知の知』ってなぁに?
ある日の夕暮れ。僕は親友と砂浜で遊んでいた。
親友:「ねえ、君は背後霊を知ってるかい?」
僕:「知ってるさ」
親友:「じゃあ、説明してよ」
僕:「背後霊は、自分の後ろについて回る幽霊のこと。一種の俯瞰に近い。違う?」
親友:「うん、そうだね。じゃあ、メタ認知という言葉は知ってる?」
僕:「うーん、聞いたことはある。でも、説明はできないな……」
親友:「よし、分かりやすく説明しよう。今、目の前に海岸線がある。これは、間違いない」
僕:「そりゃ、そうだ」
親友:「じゃあ、この海岸線をよく見るんだ。すると、小石のつながりで、できている。つまり、海岸線を見つけた! と思ったら、まだ先があるということ」
僕:「ちょっと待った。頭が壊れそうだ」
親友:「じゃあ、これならどうかな。今の話はマトリョーシカに似ている」
僕:「あ、なんとなく分かった。マトリョーシカは、大きいものを取ると、小さいものが出てくる。そして、それを繰り返すと……。つまり、これがさっきの海岸線の話と似ているわけだ」
親友:「そうかもしれない。この永遠に続くかもしれない、ということには名前がある。フラクタルって呼ばれてる」
僕:「……? 僕たちは、メタ認知について話してたはず。なんで、別の言葉が出てくるわけさ」
親友:「そう焦らないで。君は背後霊は、俯瞰だと言ったね。さて、ここで問題にぶつかる」
僕:「問題……?」
親友:「つまり、自分を俯瞰している君がいる。でも、その俯瞰を俯瞰している君もいる」
僕:「確かに、そうかもしれない」
親友:「この考えをメタ認知と言うんだ。この俯瞰が永遠に続くならば、それは一種のフラクタル――マトリョーシカと言えるかもしれない」
僕:「うっすらと分かった気がする」
親友:「僕は、これを『人生はフラクタルである』と命名したい」
僕:「よし、君が言うならそうだろう。でも、かっこつけてないか?」
親友:「そうだね。でも、今の僕にはこれが限界だ」
僕:「よし、これで僕はメタ認知を知った。つまり、賢くなったわけだ」
親友:「じゃあ、もう一つ質問だ。君は、『未知の知』という言葉を知っているかい?」
僕:「いいや、知らないなぁ」
親友:「そうか、おめでとう。たった今、君は一つ大切なものを失ったよ」
僕:「大切なものを失った……? 知識を得たんだから、むしろプラスじゃないかな」
親友:「いいや。君は今、『《《未知の知という言葉を知らない》》という特権』を失ったんだ」
僕:「うーん、よく分からないや。もう少し分かりやすく教えてよ」
親友:「よし、かみ砕いて説明しようか。確か君は、ミステリー好きだったね?」
僕:「そうさ」
親友:「それは、ちょうどいい。じゃあ、一つ聞くよ。君は、この世にあるすべてのトリックを知っているかい?」
僕:「ミステリー小説の新刊が出たら、全部読むよ。だから、すべてのトリックを知っている。断言するよ」
親友:「なるほど、筋が通っている。でも、その考えには一つだけ落とし穴がある」
僕:「落とし穴? そんなはずはないよ。密室トリックも双子の入れ替わりトリックも知っている」
親友:「そして、君はこういうトリックも知っている。既存のトリックに、新しいテクノロジーを使ったものを」
僕:「そうだね。ミステリーのトリックは、アガサ・クリスティとかが考案しつくした。だから、最近のミステリー小説は、どこか既視感がある」
親友:「ふむふむ。つまり、動物が凶器というトリックも知っているわけだ」
僕:「そりゃ、そうさ。ミステリー通じゃなくても、知ってる人が多いはずだ。有名だからね」
親友:「うん、君の言う通りだ。じゃあ、犯人が配達員を装って、人の目を欺くトリックも知っているね?」
僕:「もちろん。君は、僕をおちょくっているのか?」
親友:「いいや、そんな気はない。分かりやすくするために、あえて身近な例を使っているんだ」
僕:「そりゃ、どうも」
親友:「じゃあ、こんなのはどうかな。人じゃなくて、動物の目を欺くトリックだ」
僕:「それって、『犬が吠えなかったから、犯人は飼い主だ!』と同じじゃないか?」
親友:「少し違う。たとえば、動物園にいるライオンを想像してほしい。彼らは、飼育員がホースで檻を洗浄する習慣を知っている。だから、飼育員が犯人で、何かの証拠を消すためにホースを使っても『なんだ、いつものことか』と、吠えないわけだ」
僕:「そうなるね。これは、さっきの犬の話とは少し違う。動物にとっての日常を活かしたトリックだ。初めて知った気がする。君のおかげで、また一つ知識が増えたよ。ありがとう」
親友:「そこがポイントだ。君は今、新しいトリックを知った。でも、その前は、どうだったかな」
僕:「知らなかったよ」
親友:「つまり、知らないトリックを知った時点で《《未知のトリック》》は雪のように消えるんだ」
僕:「うーん、頭がこんがらがってきた。もう少し、分かりやすい例はないかい?」
親友:「よし、分かった。君は『未知の生命体』という言葉を聞いたことがあるね?」
僕:「もちろん」
親友:「じゃあ、どんなものを想像した?」
僕:「ありきたりだけど、タコみたいに足がいっぱいある生物」
親友:「よし、いいぞ。ここで、一つ重要な点がある。『生命体』という存在を君は知っている。だけど、その生命体が、どんな姿かたちかは知らない」
僕:「そうなるね。それこそ、未知ってやつだ」
親友:「だけど、生命体がいること自体は知っている。それは、君がタコみたいな生物を想像したからだ」
僕:「うん。あれ、何だかおかしい話になってきたぞ」
親友:「いいぞ、その違和感が大事なんだ。つまり、『未知の生命体』を想像した時点で、姿かたちは分からないけれど、《《存在自体を知った》》わけだ」
僕:「つまり、君はこう言いたいんだね。『想像した時点で未知は既知に変わる』と」
親友:「その通り。だから、こう言い換えられる。『未知である、ということを知らない時だけが、未知だ』と」
僕:「うーん。また、分からなくなってきた。まるで、言葉遊びだ」
親友:「じゃあ、切り口を変えよう。『シュレディンガーの猫』は知ってるかい?」
僕:「うん。箱の中に猫がいる。でも、箱を開けるまでは、猫が生きてるか死んでるか分からないってやつだろ」
親友:「その理解で間違いない。つまり、箱を開けるまでは生死は分からない。これが未知という状態だ。じゃあ、箱を開けたらどうなる?」
僕:「生死が明確になる」
親友:「そう、開けた瞬間に答えが分かる。つまり、《《既知という状態を認識した瞬間に未知はなくなる》》んだ」
僕:「つまり、猫が生きているか分かるまでが未知という状態。そして、分かった瞬間に既知になる?」
親友:「いいぞ、その調子だ」
僕:「ちょっと待った。そうなると、未知は認識された時点で消える。つまり、未知を認識した時点に、未知という概念を知るから」
親友:「そういうこと。これが、さっきまでのミステリーや生命体の話にも通じるわけだ」
僕:「そうなると、これから《《何かを想像した瞬間に未知はなくなる》》ということか。未知である、という分類ができるから。でも、想像するまでは未知だ」
親友:「どうやら、答えにたどり着いたようだ。ここで、最初の話に戻る。この会話を始めるまで君は『未知の知』という造語を知らなかった」
僕:「でも、その単語を聞いた瞬間、既知になってしまった。未知という状況をすっ飛ばして」
親友:「そういうこと。君は『未知の知』という単語を知ってしまったから、この世から未知という存在を一つ消してしまったんだ」
僕:「なるほど、ためになったよ。そう考えると、この世は未知で溢れているように見えて、そうじゃないわけだ」
親友:「そうかもしれない。だから、『未知の知』を追い求めるほど、未知はなくなっていく。僕はこれを『未知の知を追いかける』と名付ける」
僕:「なんだか、さっきのメタ認知と同じ気がしてきた。君は、かっこいい名前をつけたがる癖がある」
親友:「確かに、そう考えられるね」
僕:「あれれ。さっきのメタ認知と今回の『未知の知』の話。実はつながってるんじゃないか?」
親友:「おめでとう! 君は自分の力で一つの真理にたどり着いたわけだ」
僕:「よし、君に倣ってこう名付けよう。『人生とはフラクタルで、未知の知を追い求める旅』だ」
親友:「そうかもしれないね。さあ、夜も近づいてきた。そろそろ、帰ろうか」




