不敬罪
ゆっくりとこちらへ近づいてきた男は少しかがんで、俺に目線を合わせた。
「さっきの伯爵は人身売買に関与していた。こちらで早く取り締まることができなかった責任もある。怖がらせてしまってすまない」
「い、いえ。助けていただいて、ありがとうございます」
お貴族様に頭を下げられるなんて初めてで、少し怯んでしまった。
「さっきの伯爵がとんでもない奴だったことはこちらも認めよう。ついていくなんて嫌に決まってる」
「……はい」
「だがな、あれでもあいつはそれなりの地位を持った貴族なんだ。君の暴言は目上の人に対する言葉としてあまりに聞き捨てならないものが多かった。よって、不敬罪に当たる」
「え……?」
お貴族様に暴言を吐いちゃいけないなんて、知らなかった。
俺はこれから一体どうなるんだ……?
横目でルーシャを見る。目にはうっすらと涙を浮かべていて、肩はずっと震わせたままだ。
「こちらとしては、さっきの伯爵が人身売買に関与しているという情報が手に入ればそれでよかったんだが……、君の暴言まで記録されてしまった。これはこのまま上に提出しなければならないから、君のやらかしを見逃すこともできないんだ」
「嘘だ……!!」
年甲斐もなく泣きそうになってしまう。
「嘘は言わない。君は、今から私についてきてもらおう」
「嫌です」
「……」
男は困った顔をして黙った。
「やっと……やっと、自由になれるのに、妹と二人で幸せに暮らすんだって、準備もしてたのに……。お願いします、どうか、見逃してください! 二度とこんなこと、しませんから……!!」
緊張、恐怖、不安……押し込んでいた感情がどっと溢れて、涙が止まらなかった。
隣にいたルーシャも意を決したようで、口を開いた。
「わ、私からも、お願いします……。兄を、助けてください!!」
「……。君たちの運と、私の勘が良ければ……助からないこともない、かもしれない」
男は伏し目がちに言った。
「本当ですか!? ここに残れますか!?」
少し希望が見えた。
「いや、どっちにしろ私についてきてもらう。罪人になるか否かは……今は判断しかねるからな」
「そんな……」
やっぱり、そう簡単にお貴族様の意見は覆せない。
「じゃあ、妹とは……」
「君たちが望むなら、私が二人とも引き取ろう。先程のあやつではないから、決して悪いようにはしない」
「でも……」
お貴族様を信用できない。何より、ルーシャを危険な目に遭わせるのは避けたかった。
「それ相応の、客人としての待遇を約束しよう。それでも無理だと言うのなら、君は今すぐ罪人として牢獄行きになってしまう。これは、君を守るための提案でもあるんだ」
逃げ場はない。
何より、今この男の提案を飲むより他に、良い策があるとは思えなかった。
承諾しなければ。
そう、心に決めたとき――
「行きます」
俺より先に、ルーシャが答えた。
「私も一緒に、あなたのところに行きます」
妹に、答えさせえてしまった。
情けなさと不甲斐なさが、一気に俺に襲いかかってくる。
「君は……それで良いな?」
「はい」
「そうか。ではすぐに、必要最小限の荷物を準備して二人とも外に来なさい。馬車を呼んである」
そう言って男は踵を返し、外に出ていった。




