新しいお猿さんと、前のお猿さん
――ごはん係のお猿さんという、とても都合のよい生き物がいる。
お猿さんとは言うものの、彼らは毛がないし、歳を取った個体以外はそんなに前かがみでもないので、猿に似ているかというと、そんなでもない。
とにかく大事なのは「お猿さん」の部分ではなく、前半分の「ごはん係の」という部分であり、彼らは私たちを見かけると、顔の筋肉をだらしだく弛緩させて――これにはどういった意図があるのか不明だ――私たちにごはんを提供する。そういった生態の、便利な生き物だ。
このお猿さんたちがあまりに便利なので、私たちは彼らの巣と思われる、四角形と三角形を組み合わせたような、不格好な構造体に居着いたりする。
毎日だらしなくお腹をさらして寝ていても、見ているのはどうせお猿さんだけだし、なにより日々のごはんを提供してくれる。
たまに、分を弁えない冒涜的接触――彼らの長い前肢で頭を触られたり、顎を擦られたりするが、まあ、その程度は許してやろう。こちらも機嫌が良ければ、ゴロゴロと喉を鳴らす、尻尾をパタパタと振る――これらの対応は、私たちの属する種によって異なる――サービスをしてやっても良い。
私も、そうした生活を享受するひとりだったが。
唐突に、何の前触れもなく、お猿さんたちが、一匹残らず消えた。うちのお猿さんも消えた。
代わりに、新しいお猿さんが来た。彼らは、空からやって来た。
灰色で、頭が長くて、目は大きく黒目がちで、全体につるりとしている。
「前のお猿さん」よりもっと、猿には似ていないが、みんな面倒なので「新しいお猿さん」と呼んでいる。
重要なのは、彼らもまた、私たちを見かけると、顔の筋肉をだらしだく弛緩させて、私たちにごはんを提供することだ。
なので、私たちの生活には何の変化もない。ごはん係のお猿さんの見た目がちょっと変わった。それだけのことだった。
前のお猿さんがどこへ行ってしまったか?
別にみんな、そんなことは気にしていないよ。
ただなんとなく、前のお猿さんたちにはもう会えないのだろうなあ、という漠然とした感覚がある。
新しいお猿さんが提供してきたごはんを食べる。味はほどほど、うまくも、まずくもない。これも、以前と変わらない。
新しいお猿さんが、前のお猿さんよりももっと長い前肢で、私の頭頂を擦る。
少し、ひんやりしている。
前のお猿さんの前肢は、もっと暖かかったなあ。
つるつるして、冷たい感触を頭部に感じながら、なんとなく、そう思った。
完
さようなら、いままでカリカリをありがとう