vol.9
マロンが、トイレから帰ってきたときの、あのなんとも言えない表情を、世界中の人に見せてあげたかった。人生最大の、生きるか死ぬかの危機的状況を、間一髪で脱出したような、満面の笑みを浮かべながら帰ってきたマロンは、うっとりしながら、『はぁ~~~すっきりしただぽ~~ん』と、言った。
「・・・じゃあ、これで僕は帰るから。もう外暗いし、マロンも早く帰りな。じゃあな」
「・・・はっ!もう6時なのこと!!英司くん、早く帰ろっ!校長先生に怒られちゃうだぽん!」
「・・・マロン。だから、僕はそのへんてこな学校に入学する気なんてないし、校長先生に会うつもりもないの。わかってくれよ、な?僕は、今から岐阜に帰るんだから」
「そんなこと言ってないで!早く、早く!校長先生がね、6時半には英司くんを連れてきなさいって言ってたのだぽん!大変だぽーーーん!!」
「えっ・・・ちょ、ちょっと!引っ張るなよ!それに、僕のジャケット、返せ!」
マロンは急に慌てて、僕のシャツの裾を引っ張りながら喫茶店から出た。僕もマロンに引っ張られながら、引きずられるようにして喫茶店を出る。3月の午後6時はまだまだ暗く、ジャケットをマロンにとられている僕には耐えられないほどの極寒だった。
「う~~~さみーよ・・・おい、マロン、早くジャケット返せよ!僕が帰れないだろ!?」
「英司くん!聞いてだぽん!」
すると、なにやら真剣な顔で急に僕を見つめてくるマロン。さっきまでのふざけたマロンとは違って、なんだか凄く重大なことを言おうとしているようだった。僕も、急に変貌したそんなマロンの態度にかなり驚きながら、マロンを見つめ返した。
「な・・・なんだよ」
「校長先生の力になってあげて欲しいだぽん。校長先生は、きっと英司くんを必要としてる。英司くんに校長先生に会ってもらいたい!お願い!わたしと一緒に学校に来てだぽん!」
「・・・」
・・・僕は、僕は・・・。
「お願いだぽん!!!」
・・・なんでこんな気持ちになるんだろう。ビキニ美少女。魔法学校、ビビディ・バビディ・ブー学園。線路に落とされて、喫茶店に一緒に入って、衝撃の事実を聞かされて。学園ネームはマロン。本名が山田花子。笑顔が眩しくって、一緒にいて本当に楽しい女の子。そんなマロンの必死のお願いを、僕はどうしても断れなかった。本当は、関わりたくないはずなのに。すぐに岐阜の実家に帰って、母さんに、東大受験浪人生をやめますって言いに行きたいはずなのに。浪人生をやめて、新しい人生を精一杯謳歌したいはずなのに。なんで。なんで、彼女についていきたくなってしまうのだろう。
「英司くん・・・」
「・・・わ、わかった。で、でも、僕はまだ、学校に入学なんて考えてないからな。校長先生がどうして僕に会いたがっているか、知りたいしさ。マロンのこと、学校まで送っていくよ。それで、校長先生に会って、それで本当にさよならだ。それで良いだろ?」
「・・・えい、じ、くん・・・!!うん!ありがとうだぽん!」
・・・僕は、きっと後悔しない。変なことに巻き込まれても、絶対に後悔しない。今まで、母さんに言われたとおりに生きてきた僕が、自分で行動を決めるなんて、ものすごく進歩したじゃないか。僕は、自分で自分を褒めてやりたくなっていた。
「さぁ、早く行こうぜ。校長先生が待ってるんじゃないのか?もう6時過ぎてんだぞ」
「わぁぁぁ!英司くん、すっごく優しいねっ☆」
「・・・お、おう、まあな。・・・それで?その、ビビディ・バビディ・ブー学園って、一体どこにあるんだ?まさか、魔法でワープとかするんじゃないだろうな!?それか、秘密の隠れ家があるとか・・・?あ!もしかして、駅のホームの9と4分の3番線に電車が来るのか!??うは、なんだか楽しみになってきたじゃねぇか!」
「えっとね、えっとね、ビビディ・バビディ・ブー学園は、秋葉原の駅から徒歩5分のことにあるんだぽん!!」
「普通すぎますけど!!」
・・・まぁ、結局、僕は魔法学校に行くことになってしまったわけだが。・・・なんか、嫌な予感がするんだよな・・・。