君の記憶にこびりつく
俺には好きな人がいる、クラスが変わり3年になったその日、大きな笑い声をあげながら、綺麗な笑顔を見せる彼女に、俺は惚れてしまった。
緊張して話しかけることも出来ないまま、2ヶ月がたち梅雨入りが近づく、高3の6月たまたま仲のいい友達と話していた時に彼女が来て、少しだけだか初めて話すことが出来た。
何百回も頭の中で練習してきた言葉は、1度も言えなかったのに、こんな簡単に話せてしまうのか、となんだか笑ってしまった。
けれどもう俺の頭は、彼女のことでいっぱいだ。たった数語話せただけでここまで喜んでしまう自分の単純さには、とっくの昔に呆れている。
その日から俺は、ある決意をした。毎日彼女に話しかけようと。
今日でもう1ヶ月が経つ。梅雨も明け夏の気配が近づく頃、俺はもうひとつ決意してたことを実行することにした。
テストが終わったら彼女をデートに誘う。
5日間のテスト期間、俺は勉強よりもずっと、彼女のことで頭がいっぱいだった。チャンスは何度もあった、が、普通に話しかけることですら必死な俺は、どうしても足がすくんでしまい、デートに誘うことなんて出来なかった。
そして、テスト最終日、ここで行かなきゃもう俺は彼女に会えないという大袈裟なことを考えながら俺は挑んだ。結論から言うとデートに誘えた。
テストが終わり、彼女が一人になったタイミングだった。周りにもあまり人がいない。震える足と手を抑えながら、彼女に向かって歩く。一歩踏み出すごとに、やっぱやめとこうやら、ネガティブな言葉が頭をよぎる。それでも俺は彼女の前に立つことが出来た。
「今度さ、映画見に行かん?」
単純な言葉だが、この言葉を言うのにどれだけの時間を費やしたことか。
彼女は驚くことなく、いつもと変わらぬ笑顔でこう言った。
「ええやん!行こ!」
と、その日は何度も転げ回った。覚悟が報われたことの喜びに、一日中顔が火照っていたような気もする。付き合った後のことまで妄想し、なんなら結婚のビジョンまで考え浮かれていた。
映画さ、10か11空いてる?
自信を持った俺は、寝る前に彼女に連絡した。
けれど、彼女から返ってきた言葉を聞いた時、俺は、彼女から全ての自信を削ぎ落とされてしまった。
ごめん、彼氏出来たから一応やめとく。
スマホの画面を見つめたまま、しばらく何も動けなくなった。けれど、優しいなとは思った。やっぱりこの子は優しい。
多分、もっと前から彼氏はいたんだと思う。インスタにも載せていないし、仲のいい子にしか言っていないんだと思う。
けれど、それを伝えてくれたことは、俺のことを友達としては大事にしていてくれている証だと思った。
正直、感じていた違和感はあった。
それは、俺のことを友達としてしか見ていないのかなという疑問、でもそんなことは認めたくなかったので目を背けてきたが。その違和感はやっぱり当たっていた。
何も考えることの出来ないまま土日を終え、また学校が始まる。けど俺は、全く諦めていない、だからすることはひとつ、
いつも通りに彼女に接すること。
俺の考えは思ったより簡単に出来た。キッパリ言ってくれたからこそ、俺も少し身が楽になったのかもしれない。
友達感が強くなってしまったと言われればその通りだろう。しかし、気まずさがなかったのはプラスだと思う。
俺の今の気持ちはなんなのだろうか、好きだとは思う、それは間違いない、けど、どこか諦めようとしている自分もいる気がする。
俺は本当に彼女の特別になりたいのだろうか。
彼女に告白したい、俺はもうこれしか考えていなかった。好きでたまらなかった。何事も最後が俺は好きなのかもしれない、告白は終業式の日にしよう。そう決めていた。
でも、告白はやめることにした。前日に彼女の友達に相談すると、やめとけと一蹴されてしまった。彼氏がおるんやから、お前の言葉は響かないし、なにより、これから困るやろ。
その時言われてようやく気づけた。これは、ただの俺の自己満でしかなくて、ただ、俺の気持ちを彼女に押し付けようとしてたことに。それはダメだ、と思い結局告白はやめとこう、そう決めた。
終業式、しばらく会えなくなる彼女と奇跡的に一緒に残されることになった。成績の悪さで残されたのは、俺と彼女のふたりだけ。
恋をしている男は基本的に歯止めが聞かない、焦って行動をして失敗してしまう。それは俺も同じだった。
反省文を書き、駅まで一緒に帰ることになった。他愛もない話で笑いあっている中俺は、ここのチャンスを逃したら男じゃないと、昨日友達から受けたアドバイスなんて一切無視して告白をしようとしていた。
「ずっと前から好きでした。今どうこうしてほしいとかはないから、これからも仲良くして欲しい、夏休みの前にどうしても伝えたかった。」
声は出なかった。何度も心の中で練習し、何度も何度も言おうと覚悟を決めていた言葉は、結局口から出すことなく、飲み込んでしまった。
夏の陽に照らされながら笑っている彼女は、俺があの日見たままの彼女で、何も変わってなかった。
俺だけが変わってたんだな、
彼女の背中を見送りながら、俺は笑う。
俺は彼女を忘れることはない、伝えられなくとも、それでも彼女が好きだった。
情けない自分から流れる涙を、汗だって誤魔化したい。
こんな時も、蝉は声を張上げながら鳴く、背中を伝う汗に、綺麗な青い夏の空、景色はいつも通りなのに、俺の心だけが取り残されていた。
相談している友達に、言われた言葉がある。
「おまえはどうしたいん?友達でいたいんか、奪いたいんか、それとも、別れるまで待ってアタックか?」
俺はどうしたいのか、前にもちょっとだけ考えた。その時は、俺は彼女の特別になりたいのか、と考え、結局答えは出さずに考えるのをやめてしまった。
やっぱり俺は最後が好きだ、彼女の最後の人物になれるもんならなりたい。
だけど、これは多分俺の1番の思いじゃない。
前までは分からなかったけど、ようやくわかった。
俺は彼女の特別になりたいんじゃない、俺は、彼女の記憶に残りたい、彼女に忘れられないような人になりたい、いつまでも、どこか、頭の片隅に残っていたい。
俺は、彼女の記憶にこびりつきたい。
好きという気持ちは、時に日常のすべてを塗り替えてしまいます。
何気ない会話、目が合った一瞬、名前を呼ばれただけで、世界の色が変わる。
この物語は、そんなひとつの「恋心」の記録です。
届かないことがわかっていても、それでも伝えたくなる気持ちがあります。
諦める強さと、諦めきれない弱さの間で揺れながら、それでも誰かを思い続ける時間には、どこか確かな美しさがあると思っています。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。